月蝕-3-





迷路のように入り込んだ店内を歩いていると、広い空間に出た。

「………舞台?」

やはり先程まで通ってきたところと同じく、赤で統一された空間からは、

椅子やテーブルが並んでいるのが見える。

御堂が立つ、舞台のような場所には、大小様々な玩具や拘束具、

用途不明のものが乱雑に置かれていた。


(
間違いない。ここは克哉がいる場所だ)

DVD
の映像で見た光景を思い出す御堂の中に、確信めいたものが生まれる。

とすると、克哉はここでも玩ばれたのだろうか。あの男などの、自分以外の男らに。


「っ…………!」


わきあがる激情をおさえ込もうと、拳を握る手に力が込められる。


とにかく、克哉を探さなければ。


歩き出そうとする御堂を、背後に立つ人物が呼び止めた。


「いらっしゃいませ、御堂孝典さん」


振り返ると、そこには数週間前に見た、
DVDにいた人物がにこやかに立っていた。

「貴様……っ」


つかみかかろうと近づく御堂に、男はやんわりとたしなめた。


「愚かな行為は慎まれたほうがよろしいですよ?ここは私の縄張りなのですから」


穏やかなその声は、どこか威圧感を含んでいた。

だが確かに、ここが目の前の男の場所ならば、

下手に男に手出しを出せば何をされるかわからない。


「さすがは聡明な方。こちらにお呼びしたのは正解でしたね」


呼んだ、という表現が気になるが、とにかく今は克哉を取り返すことが最優先事項だ。


「……克哉を返してもらおうか」


強い怒りの含まれた視線を受けても男は動じない。


「あなたは誤解していらっしゃる。佐伯克哉さんを私が誘拐した、と」


「何だと?」


「彼は、望んでここにいらしたのですよ」


「ふざけるな!」


馬鹿げた男の言い分に、御堂は怒声をあげた。


「克哉が望んでこんなところに来る理由がないだろう!」


「断言できますか?」


その言葉に、当然のごとく「当たり前だ」と答えたかった。

だが、妙に自信に満ちた男の態度が気になってしまい、それを口にすることが躊躇われる。


「あなたは強い方です。そして、真っ直ぐな美しい精神をもっていらっしゃる」


「…………………」


御堂は口を挟まずに男の次の言葉をまった。


「さらに間違ったことがお嫌いで……」


「何が言いたい」


男からの賛辞は、御堂の抱く苛立たしさを増した。


「その強さは、ときに弱い人間を傷つける」


歌うように、男は言った。

「貴様は、克哉が弱い人間だから私によって傷つき、ここへ来たと言いたいのか?」

御堂は笑みさえ浮かべながら言った。

馬鹿馬鹿しいと思ったのだ。

克哉がそんなに弱い人間でないことは、

濃密な時間を共に過ごした自分が一番わかっている。


「貴様は思い違いをしているようだ。彼はそんなに脆弱な男ではない」


だが目の前に立つ男は笑顔を崩さない。


「いいえ。残念ながら、あなたが思っているほど彼は強くありませんよ。

彼は恐れているのです。あなたと共にいることで傷つくのを」


違う、と言おうとすると、不意に舞うような足取りで、男が御堂に背を向けた。

そして優雅に御堂に視線をやった。笑顔は絶やされていないのに、

その視線は思わずぞっとするほど冷徹なものであった。


「彼に会っていただければわかりますよ。

もし、あなたがおっしゃったことが合っておりましたら、克哉さんをお返しします。

さぁ、私についてきて下さい。ご案内いたします」










Mr
.Rが去ったあと、再び一人になった克哉は、Mr.Rに言われた言葉を反芻していた。

御堂に、会いたい。その気持ちは自分の中に消えることなく存在している。


――
弱く、矮小なあなたは、強い彼と一緒に過ごす資格なんてない――

先程Mr
.Rから言われた言葉が、再び耳元で聞こえた。

克哉は、その言葉に答えるように呟いた。



「Mr.Rの言う通りだ」
「いや……それでも……」


【前へ】