「いや……それでも……」
御堂の元へ帰りたい。身勝手だとか、身の程をわきまえろ、だとか、どんなふうになじられようが構わない。
「克哉っ!」
扉が開くと同時に、恋い焦がれていた御堂の声が耳に届いた。
「孝典さん……っ!」
克哉の身体が、御堂に抱きすくめられた。
久方ぶりの御堂の体温や匂いを感じられて、これが現実であることを認識する。
「さあ、帰ろう」
御堂の言葉に頷き、克哉は立ち上がろうとした。
だが、2ヶ月近くここで時を過ごした身体は、筋力が衰えてしまっておりふらつく。
御堂に支えられながら、克哉は部屋を出ようとした。
そこに、一陣の甘い風が吹いた。
「それが、あなたの選択ですか」
二人の前に現れたMr.Rは、無表情のまま克哉を見やった。
「邪魔をする気か?」
御堂が警戒しながら語気鋭くMr.Rを牽制する。
「いいえ、そのような愚かしい真似はいたしませんよ」
にこりと笑顔を見せるが、レンズの奥の瞳は笑っていなかった。
その目が恐ろしくて、克哉は無意識のうちに御堂にすがる。
御堂はそんな克哉の身体を大丈夫だ、と語りかけるように優しく撫でた。
「貴様は先程言っていたな。私の言ったことが合っていれば克哉を返すと」
「はい。お約束したとおり、克哉さんをお返し致しましょう」
恭しくお辞儀をすると、Mr.Rはぱちりと指を弾かせた。
「残念です」
視界が暗闇に染まる刹那、Mr.Rの嘆息が、克哉の耳に届いた気がした。
「克哉、いい子にしているんだぞ?」
「はい、御堂さん」
あの出来事から一週間が経過した。凌辱によって傷ついた身体は回復しつつある。
仕事へいく御堂を見送ると、克哉はその身をベッドに預けた。
じゃらりと金属の擦れる音が克哉に安息をもたらす。
克哉は、傷の癒えた手首にはめられた手錠をうっとりとながめた。
手錠は長い鎖でベッドに繋ぎ止められている。
二度と克哉が拐われてしまわぬようにと、御堂がつけたものだ。
拘束具が、こんなにも安心感を抱かせるものだとは、Club Rにいたときには露ほども思わなかった。
自らを消してしまおうと考えたあの時に拒絶しようとした、「御堂に支配されたい」という願望。
あの浅ましい姿を見てもなお、自分を助け出そうと来てくれた御堂を見て、
克哉はこの欲求を否定しなくともよいのだ、と思えた。
御堂に支配され、飼われていく。
克哉はその「幸福」に、この上ない歓喜を覚えるのだった。
「タイミングが早すぎたようですね」
窓の外に妖しく輝く赤い月を眺めながら、Mr.Rは一人呟いた。
DVDへ克哉の堕落した姿を収録していたときに言った「完璧な作品」という言葉は、嘘であった。
Mr.Rは、自らがその身を抱いているときや、客人に抱かせているとき、
あるいは触手になぶらせているときに、克哉が完全に堕落し果ててはいないことを感じていた。
凌辱を受ければ受けるほど、克哉は御堂孝典という存在に精神的に依存していった。
完全で、完璧な人形にするためには、克哉のなかにいる御堂孝典を消し去ってしまわねばならない。
そのためには、御堂を呼び寄せ、克哉自身が御堂の差し出した手を拒む必要があると考えた。
御堂を拒絶することができるほどに克哉を洗脳できていると踏んだMr.Rは、満を持して計画を実行に移したのだった。
だが、現実はMr.Rのシナリオどおりにはならなかった。克哉は嬉々として御堂の救いの手をとった。
しかし、Mr.Rの顔に落胆の色はなかった。
克哉の選択は、所詮支配者を変えるものに過ぎなかったのだ。
あの弱い魂は、いずれまた、彼では手に余るほどの闇を生み出すだろう。
そのときが来れば、今度こそ完璧な作品を造り上げることができる。
Mr.Rは来るべきその日を夢想したのか、口許を綻ばせながら、すっかり金色の肌に戻った月を眺めていた。
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