密室での遊戯 上

 

ある日曜日。御堂は朝早く目覚めるとすぐに外出する準備をしはじめた。
 
いつもならゆったりと寛いで日頃の疲れをとるのだが、
 
そんな風に過ごせなくなったのは彼の前に佐伯克哉という男が現れてからであった。
 
前の休日では同僚の本多を連れて押し掛けてきた挙げ句、
 
本多が眠ったあとキッチンでやりたい放題やられた。
 
 
接待のあの忌々しい夜にカードキーを盗った佐伯は、いつでもこの部屋にやって来ることができる。
 
あの男の来訪に怯えるのは癪だが、部屋にいてみすみす襲われるくらいなら
 
外に出てこの身を守る方が合理的というものだ。
 
 
着替えた御堂は車のキーを持って部屋を出た。
 
行き先は決めていないが、とにかくこの場を離れたかった。
 
日帰りで温泉に浸かるのも悪くはない、と考えながら御堂は佐伯克哉の存在を頭から追い出そうとしていた。
 
 
 
 
 
「おはようございます、御堂さん」
 
駐車場で、愛車の前で御堂を待っていたのは最も会いたくない、
 
正しくは今自分が逃げようとしていた凌辱者だった。
 
「な…ぜ、貴様がここに……」
 
喉が恐怖でひきつり上手く発声できない。無意識に足が後じさる。
 
「何となく、あなたがここに来るんじゃないかと思ったんですよ」
 
克哉はにこりと笑って御堂との距離を詰めた。反射的に逃げをうつ御堂の腕を掴み、引き寄せる。
 
「離せ!」
 
「あまり騒がない方がいいんじゃないですか?」
 
鋭く怒鳴った御堂に克哉は動じず言葉を続ける。
 
「どこに行かれようとしていたんですか?こんな朝早くから」
 
「君に答える筋合いはない」
 
素っ気なく答えながら克哉から離れようと試みるが、克哉は逃がすまいと御堂の腕を握る手の力を強めた。
 
「つっ……」
 
「冷たいなあ。俺はあなたに会いたくて朝早くから来たっていうのに」
 
「…気味の悪いことを言うな」
 
耳もとで囁かれた言葉に吐き気すら込み上げそうになった。これ以上肌に触れられていたくない。
 
「いい加減、この手を離せ」
 
声を潜めながらも語気鋭く言った。しかし克哉はそんな御堂の言葉を無視して、とんでもない要求を口にした。
 
「ねぇ御堂さん。デートしませんか?」
 
「はぁっ!?」
 
あまりにも馬鹿げた提案に思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。
 
「何を馬鹿なことを……」
 
これ以上この男に付き合っていられる訳もなく、御堂は無理矢理にでも手を振りほどいて踵を返そうとした。
 
「くくっ……。いいんですか?御堂さん……。俺にそんなつれない態度をとっても」
 
低く、笑いさえ含んだ克哉の声は、御堂にとっては自分を脅迫しているように聞こえた。
 
そう、いくら強気でいても、あの日の映像という、御堂のアキレス腱をにぎっているのは克哉で、
 
それは克哉の絶対的な優位性を示していた。
 
「…………」
 
御堂は何も言わずに車に乗った。克哉もまた、当然のように助手席に乗り込んでくる。
 
本当は隣の男を車から放り出して走り去ってしまいたいところだが、
 
もちろんそんなことをするわけにもいかず、御堂は小さくため息をついて車を発進させた。
 
 
 
 
 
車窓からは秋の透き通った空と見慣れた風景が流れていた。
 
休日の朝の時間は人通りもまばらで、交通量も少なく、
 
隣にいる人物さえいなければドライブを楽しんでいられたはずだった。
 
その克哉は助手席に座ったあとはおとなしく車窓から外を眺めている。
 
ドライバーに対して何かを仕掛けてくることは自分の身も危険にさらすことになるのだから、
 
何もしてこないのは当たり前ではあるのだが、常日頃から辱しめを受けている
 
御堂にとってはどこか落ち着かない感じがした。
 
「御堂さん」
 
目的地もないまま、適当に車を走らせていると、不意に克哉が話し掛けてきた。
 
びくり、と身体が跳ねたことに不愉快さを覚える。
 
「……何だ」
 
ちょうど前の信号が赤になり、ブレーキを踏む。
 
停車しても克哉を見ようとしなかった御堂は、克哉が次にとった行動に反応することはできなかった。
 
「………!?」
 
するりと、股間に克哉の左手が当たった。やんわりとそこを握られ、息を飲む。
 
「何故、ここを反応させているんです?」
 
信じられないことに、御堂のそこは克哉の言葉の通り熱を持ち始めていた。
 
何も言い返すことができない御堂に対し、克哉はさらに言葉を続けた。
 
「いやらしい人だ。こんな道の真ん中で、ここを勃たせているだなんて」
 
「うるさい……っ」
 
やんわりと揉みしだかれたその場所は、敏感に反応して明らかに身体の興奮を示していた。
 
ハンドルを握る手の力が抜けそうになるのをどうにか堪えていると、信号が青になった。
 
運転に神経を集中させながら車を発進する。だが車が動き始めたにもかかわらず、
 
克哉は御堂の股間から手を離そうとしなかった。絶妙な力加減で、局部へ愛撫を加えてくる。
 
「ん……、やめ…ろ……。死にたいのかっ!」
 
すでに収まりがつかなくなりそうなほど煽られているが、これ以上されたら本当に事故を起こしかねない。
 
「ねぇ御堂さん、ここでイクのと、場所を変えてゆっくり楽しむのと、どちらがいいですか?」
 
イクどころか、別の意味でいってしまいたいのか、と反論したくなったが、そんな余裕も残されていなかった。
 
こいつの用意した選択肢を選ぶことは屈辱的ではあるが、こんな奴と心中なんてごめんこうむりたい。
 
「…後者……のほうでいい………」
 
かき消えそうなほど小さな声で答えると、克哉は満足げに口角を歪めた。
 
「分かりました。じゃあ、場所は御堂さんが選んでいいですよ」
 
「なっ……」
 
御堂は絶句した。
 
せめて、克哉が行き先を指定したならば、自分の身を守るために
 
克哉に仕方なく従う他なかったと言うことができる。
 
だが、自分自身で己が犯される場所を決定しなければならないということは、
 
御堂にとって耐えがたいほどの恥辱であった。
 
御堂は歯噛みしたい衝動にかられながら、アクセルを踏んだ。
 
そんな御堂をにやにやと見つめながら、克哉は左手を引っ込めた。
 
愛撫からひとまず解放された身体は、中途半端に残る熱で疼く。
 
御堂はその焦れったさに耐えながら、普段でも人があまり通らない道に入っていった。

 
 
 

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