ニシキギ

 

「ふぅ……」

しばし液晶画面から目を離し、外の風景を眺めた。

この執務室からは澄んだ青空と高層ビル群が一望できる。

だが、澄み渡った秋の空とは対照的に、私の心はどんよりと曇っていた。



つい先程まで、私は過日に犯した自らのミスを処理していた。

今までの自分では考えられないようなミスが、ここ最近よく起こしてしまう。

その原因は、他でもない。銀の冷たいフレームの眼鏡をかけた、あの男。

佐伯克哉に度重なる恥辱を味わわされていることにある。

リビング、キッチン、……そして、プレゼンの最中と終了後にまで。




あのプレゼン以来、ミスを度々出す私に代わって、

プロジェクトでは目覚ましい活躍をする佐伯の評価はMGNでも高まっている。

引き抜きの話まで、上司の大隈専務から直接聞かされた。

あんな下劣な男の思い通りにさせるものか。そんな意地が私をがむしゃらに働かせた。

その結果は、よりによってあの男の前で過労により倒れるという始末だった。

Trrrrrrrrrrrrrr。

内線が室内に鳴り響き、一気に現実へと引き戻される。

そうだ、今は就業中だ。目の前のことに集中しなければ。


内線は、キクチの社員が到着したことを知らせるものだった。

そういえば、私の印鑑がいる書類があるから部下に届けさせると

片桐課長から連絡があったのが今日の朝だったなと思い出す。

急ぎならもっと早く持ってこい、とは思った。

だが、来るのが佐伯ではなく本多だと聞いて、とりあえず目をつぶった。

本多のようなタイプは苦手だが、それでもあの悪魔のような男がくるよりはマシである。


しばらくして、ノックの音が聞こえてきた。

「失礼します」

「………っ」

扉を開いて入ってきた男が視界に入るなり、息を飲んだ。

目の前には、本多ではなく、あの佐伯克哉が立っていた。

「な、なぜ、貴様が……」

思わず口から出た言葉は、情けなく震えていた。

「社に戻ったらちょうど本多が書類を届けに出るところでしたので、代わってあげたんですよ」

佐伯は人の好い笑顔を浮かべながら、鞄から書類を取り出した。

書類を渡しに近づく佐伯に対し、つい身体をこわばらせてしまう。

「御堂さん」

そんな私を見咎めたのだろうか。

名を呼ぶ声音が、先程までとはがらりと変わった。

凌辱されるなかで何度も聞いた、官能を煽る低音。

「そんなに物欲しそうな顔をしないで下さいよ」

どこをどう解釈すれば私がそんな浅ましい表情を浮かべているというのか。

だが、ここで反論しては相手のペースになってしまう。

「…さっさと書類を渡せ」

姿勢を正して言うと、佐伯は何も言わずに書類を差し出した。

早く処理してこの男を部屋から出さなければ。

自然と文字を追うスピードがはやまる。


その間、佐伯に注意を払うのを忘れていたのがまずかった。

判を押したと同時に、ネクタイのノットに佐伯の指がかかった。

布擦れの音とともにネクタイが外される。

「貴様、何をっ!」

ボタンを外しにかかる手を掴み、怒りを込めて後ろにいる男を睨んだ。

「御堂さんのご期待に答えたいだけですよ」

耳元でそう呟き、耳朶を優しく唇で挟まれる。

「…っ………」

熱い舌が耳蓋をなぞる。ただそれだけの動きなのに身体から力が抜けてしまう。

佐伯は私に掴まれていた手を振りほどき、Yシャツの上から胸板を撫でた。

佐伯の指に硬くしこった突起を摘ままれ、身体がびくりと震える。

「もう乳首が立ってますよ?耳を舐められただけでこれとは、本当に淫乱だなぁ……」

「黙れっ……!」

このままでは、またこの男に良いようにされてしまう。

何とか佐伯の腕から逃れようともがくも、椅子に座ったままの状態では満足な抵抗はできない。

今はまだ自由を奪われていない口で、この行為をやめさせるしかなかった。

「馬鹿なことはやめろ!人が来たら、お前もただでは……!」

確か、佐伯は入室の際鍵を締めてはいないはずだった。

誰かが入ってきたら、佐伯も無傷ではいられない。

だが、佐伯は愛撫の手を休めずに落ち着き払って答えた。

「そうすれば、あんたのみっともない姿が見られるだけだな」

「うぁっ!」

両乳首を強く捻られ、痛みと……快感で思わず大きな喘ぎをもらしてしまった。

「くく、そんな大きな声を出したら、人が来ちゃいますよ?」

「き、さま……」

振り向いて睨み付けるが、佐伯はそんな私の表情を愉しそうに見つめた。佐伯がさらに言葉を続ける。

「まぁ、あんたが今から言う条件を飲むなら、鍵を締めてやっても良いですが」

「条件、だと?」

嫌な予感がよぎった。訊いてはいけない、と思うのだが、つい確認をしてしまう。

「全裸になってください。今、俺の目の前で」

「な…、ふざけるな!誰が、そんなことをするか」

密室とはいえ、就業中、社内で一糸纏わぬ姿になる。

それは、私にとってあの忌まわしいプレゼン中の出来事に次ぐ屈辱だ。

当然、そんな条件を飲むわけにはいかない。


私の態度を反抗的ととったのか、私を見つめる佐伯の視線が冷たくなった。

何をしでかすかわからない、無感情な表情を浮かべた佐伯に、恐怖心を抱く。

「忘れたのか?あの日のデータが俺の手元にあることを」

佐伯は私の最大の弱みを口にした。

その卑劣なやり口に怒りを覚えるが、反論する言葉はでない。

「俺に従えば、鍵は締められるしデータも公表されない。あんたにとってメリットばかりだ」

「くっ……」

……私に選択の余地はなかった。



私は下着以外のすべてのものを脱いで、佐伯の前に立った。

先程まで着ていたスーツやYシャツは足元にある。

「下着も脱げ。全裸になれと言っただろう?」

「…………」

薄笑いを浮かべる目の前の男を睨めすえながらも、仕方なく下着の縁に指をかけた。

だが、ほとんど全裸になったとはいえ、下着を脱ぐのだけは嫌だった。

ペニスがついさっき与えられた愛撫に反応して、すでに勃ち上がっていたからだ。

しかし、もうここまできたら脱ぐしかない。

半ば投げやりな気持ちで下着を脱いだ。

勃ち上がった性器が露になり、この上なく惨めな気持ちになる。

「よくできました」

佐伯は満足げに口角を上げると、執務室の内鍵を締めた。

「では、ご褒美をあげましょうか。あんたの身体も、早く抱いてほしいと疼いているでしょうから」

私のネクタイを手にした佐伯が近付いてくる。

全裸になっただけで終わるはずがないと覚悟はしていたが、それでも佐伯から離れようと後ずさった。

だがあっという間にネクタイで視界を奪われてしまう。佐伯の指がいやらしく肌を滑る。

視界を遮られ、視覚以外の感覚が研ぎ澄まされたのか先程よりも敏感に反応してしまいそうになっていた。

声を上げまいと唇を噛み締めるが、それでも唇からは熱い吐息がこぼれてしまう。

視界を塞がれてよくわからないが、私は半ば引きずられるように部屋の中を移動させられていた。

一体、この男はこれ以上なにをする気なのだろうか。


「………!?」

急に目を覆っていたネクタイが外された。

視界には、ガラス越しに見慣れた高層ビルが林立する風景が映った。

背中に佐伯がのしかかってきて、バランスを崩した身体を支えようと反射的に腕を伸ばす。

自然、佐伯に尻を突き出す無様な格好をとることになるのに屈辱感を抱くが、

それよりも屋外に向かって裸体を晒すことに激しい羞恥を覚えた。

「いい眺めだろう?」

佐伯が耳元で囁く。私は身を捩って窓辺から離れようとしたが、

佐伯の体重を受け止めているために上手くいかない。

「ふぁっ……」

屹立するペニスを握られ、ゆっくりとしごかれた。

身体から力が抜け、窓ガラスに手をついていないと身体を支えられなくなる。

先端から透明な汁が滴り、佐伯の指を濡らした。

「ぁ…、や…やめ……」

「少ししごいただけでこれか。誰かに見られているかもしれないっていうのにこんなに興奮するとはな」

「ちが…う……、ぅあっ!」

否定したかった。だが、平日の午後の社内で、一糸纏わぬ姿で窓ガラスに押さえつけられたまま犯される。

そんな異常なシチュエーションに置かれた身体は、確かに高ぶっていた。

「嘘をつくな」

肉茎をしごいていた手が離れ、アヌスへとあてられる。

指に絡む先走りの滑りとともに、彼の指はあっさりと私の中へ侵入してきた。

すぐに挿入される指の本数が増え、内壁を刺激する。

「う…ぁあ……、くっ……」

内部から沸き起こる快感が、ここがどこなのかを忘れ去りそうになる。

熱に浮かされたなか、佐伯がベルトを外す音が聞こえた。

内部を掻き回していた指が抜かれ、

かわりに指よりもずっと質量のあるモノが宛がわれる。

「ぅああ……ッッ!!」

猛りが一気に私を貫き、たまらず悲鳴が上がる。

「御堂さん、そんなにヨガると人が来ちゃいますよ?まぁ、淫乱なあんたのことだ。人に見られる方がいいんだろうがな」

佐伯の嘲笑が耳に届いて反論しようとするが、言葉にはならずただ甘い声しか出ない。

せめてあられもないこの声を止めようと、身体を支える手の甲に唇を押し付けた。

「ん、ふっ……くうぅ!」

先端にもっとも弱いポイントを突かれ、その衝撃で背が弓なりにしなる。

危うく悲鳴が上がりそうになるが、手の甲を強く噛んで、どうにか嬌声を殺した。

だが、亀頭が冷たいガラスに触れ、それだけで射精してしまいそうになる。

しとどに濡れた先端が、透明なガラスを汚していった。

自然と腰が揺れ、性器をガラスに擦り付ける状態になる。

「いやらしいなぁ。ガラスに性器を擦り付けるなんて。この、変態」

佐伯の揶揄に首を振って否定の意を示す。

「嘘をつくなよ。こうやって擦り付けたいんだろう?」

佐伯が竿をつかみ、先端をガラスに押し付けてぐりぐりとなすり付けた。

電流のような快感が身体中をかけめぐる。

「んんーー!!!」

くぐもった悲鳴が皮膚と唇の間から洩れ出た。

なおも佐伯は後ろを犯しながらガラスを用いて前にも刺激を加える。

快感が奔流のように押し寄せてきて、足ががくがくと震えた。

「ク、ククッ。もう、限界か?」

「くふぅ……、んんっ!」

血の味が口の中に広がる。強く噛むあまり、皮膚から出血したのだろう。



佐伯の抽送が速まり、絶頂へと登り詰めていく。

「ふぅっ、…うぁぁアアっー!!」

とどめだとばかりに深く穿たれ、ついに達してしまった。

ほとばしる白濁液が、ガラスや床を汚していく。

「くっ………」

数瞬後に内奥へ佐伯の欲が注がれ、ゆっくりと抜かれた。

侵入していたモノが抜けていく感覚すら快楽に変換するこの身に、苛立ちを通り越してもはや虚しさすら覚える。

全身の力が抜け、私はずるずると床にくずおれた。涙で濡れた瞳には、他社のオフィスビルなどが映る。

誰かが私の痴態を見ていたかもしれないが、今はもうどうでもよかった。

「ずいぶんと感度がよかったですね、御堂部長」

役職名を強調するように呼ばれる。

振り向くと笑みをたたえた佐伯が見下ろしていた。

「業務中のオフィスで、窓の前に素っ裸で犯されてるっていうのに、あんなに悦んで……」

「黙れ……」

怒気をこめて睨み上げると、頬に手を添えられた。

触れられたくなくてその手を思いっきりはらう。

「出ていけ」

目の前の相手にはっきりと言い放つと、佐伯の表情が俄に険しくなった。

「ふうん、まだそんな元気があるとはな。まぁいい。また、あとでたっぷりとあんたの立場を思い知らせてやるからな」

佐伯は捨てぜりふを残し、書類をしまうと執務室を出て行った。

「あとで」ということは、また夜に勝手に私の家へ上がりこんで

意識が飛ぶまで私をいたぶるつもりなのだろう。

逃げられぬよう拘束し、ローターやバイブなどの淫具を用いて。

今まで与えられた行為を思い出し、悔しさでぎりりと歯軋りした。

だが、おぞましさを覚える記憶のはずなのに、身体の奥が疼きはじめていた。

「くそっ!!」

床に拳を叩きつけるが、よみがえる疼きはしばらくの間治まることはなかった。



モドル