kuka

Kuka-苦 果-

 

「チッ……あいつめ…………」
 
ホテルの部屋の扉前で、克哉は忌々しげに舌打ちした。
 
 

急に釣り上げられたプロトファイバーの売り上げノルマを元のノルマに下げてもらうため、

克哉が御堂の執務室に向かったのは半日以上前のこと。

御堂はノルマを元通りにする条件として、接待することを提示した。だが、それはただの接待ではなかった。
 

「セックスの相手をしてもらおうか」
 

一瞬、聞き間違いかと思った。聞き間違いだと思いたかった。しかし、聞き間違いではなかった。

ノルマを元の通りにするには、この無茶な要求をのむより他に選択肢はない。

「わかりました……」

項垂れたまま、克哉は了承するしかなかった。



 
夕方。本気にした自分をからかう悪い冗談であることを願いながら、克哉は言われたとおり、指定されたホテルへと向かった。

フロントへ行くと、御堂はすでに部屋で待っているという事実を知らされた。肩を落として、御堂のいる部屋まで向かう。


部屋の前まで歩いてから、克哉は小さくため息をついた。

あのとき、眼鏡、かければよかった。そうすれば、こんなことにならなかったのに。

そう後悔したとき、ふとあることを思い付いた。今、あの眼鏡をかければいいじゃないか、と。

部屋に入ってしまえば、今の自分は御堂の言いなりになるよりほかに方法はない。だが、もう一人の自分なら……。

克哉は藁にもすがる思いで、胸ボケットに入れておいた眼鏡をかけた。



それが、数十秒前までの出来事。

(あのバカ……)

もっと早く眼鏡をかけていたならばいくらでも手のうちようはあった。

だが、こんな直前に交代されては、対処法を思い付く暇もない。

部屋に入ってすぐに眼鏡を外そうかとも思ったが、この身体をみすみす汚されるのは許しがたいことだった。

かといってこのまま部屋へ入らずに帰るのも、敵に背を向けるようで受け入れがたい。

腕時計に目をやる。時計の針は指定された時間の2分前を差していた。

何か手はないだろうか。克哉は今持っているもののなかで使えそうなものはないかどうか考える。

御堂はセックスをしろ、と言った。向こうは自分に恥辱を味わわせるために言ったのだろうが、

見方を変えれば致命的な失敗を犯した、ともいえる。こちらの行動次第では、立場を逆転させることも可能だ。

(パソコン、手帳、筆記用具、……書類に、携帯……。……そうだ)

克哉はニヤリと笑みを浮かべた。形勢逆転を可能にする武器があるではないか。

瞬時に思い付いた妙案を胸に抱いて、克哉は目の前にあるチャイムを鳴らした。

 
 
「来たか」

目が合った瞬間、御堂にそう声をかけられた。

部屋の奥にあるデスクに広げられている書類から、仕事をしながら待っていたということがわかる。

「本当に来るとはな」

御堂は意地の悪い笑顔を浮かべながら、克哉に侮蔑の視線を向けた。

(そんな顔をしていられるのも今のうちだ)

適当に受け流しつつ、克哉はポケットに入れた携帯を取りだし、

短い操作をしたのちにワイシャツの胸ポケットへ閉まった。

その克哉の行動は咎められることはなかった。

大方、メールチェックでもしたと受け取られているのだろう。

「いつまでそんなところに立っている。怖じ気づいたのか?」

黙っていると、揶揄を含んだ言葉が耳へ届く。

一瞬、癇にさわったが、ここで挑発に乗ってしまっては元も子もない。

「セックスの相手をする、というのは本当ですか?」

克哉の問いかけに、御堂は何を今さら、と言いたげに口角を歪めた。

「そのつもりで来たのだろう?そもそも、何でもする、と言い出したのは君だ。……それとも、口先だけか」

克哉はなにも言わずに御堂を見つめた。今の自分の姿は、目の前の男の瞳にはどう映っているのだろうか。

数瞬ののち、御堂が口を開いた。

「服を脱げ。君には、口でさせてやる」

(ばかめ……)

御堂が言い終えるや否や、克哉は胸ポケットにしまっておいた携帯を取りだし、素早く操作をした。

「何をして……?」

御堂は不穏な気配を察知したようだ。いぶかしげに眉をひそめる御堂に対し、克哉はニヤリと笑ってこう告げた。

「御堂さん、今の言葉、しっかりと録音させていただきました」

「なっ……!?」

御堂の顔から血の気がさっと引いた。

「今の言葉。この録音したものを世間に公開したら、どうなるかは……言わなくてもお分かりですよねぇ」

「くっ…………」

悔しそうに顔を歪めるが、小さくうめくことしかしない。

ほんの数十秒前にあった余裕たっぷりな態度は、すっかり消え失せていた。

「……頼む、あのノルマは撤回するから、それだけは……」

弱々しく嘆願する御堂を冷たく眺める。克哉にはもちろん、ノルマの撤回だけで済ます気など欠片もない。

「そうですねぇ。ノルマの撤回に加えて、俺が今から言うことをしてくれるなら、この録音記録を公開しないであげましょう」

「……何を、すればいい」

「あなたがさっき、俺にさせようとしたことを、俺にして下さい」

「…………っ!?」

克哉の言葉に絶句する。やがて、怒りか羞恥か、御堂の頬に朱がさした。

克哉はそんな御堂を追い詰めるべく、さらに言葉を続ける。

「元はといえば、あんたが招いたことだ。プライドと社会的な立場。どっちが大切ですか?」

「………………。わかった」

しばし無言ののち、小さな了承が、かろうじて聞こえた。
 
 


ゆったりと椅子に腰かける克哉の前で、寸分の隙もなくビジネススーツを着込んだ御堂が立っている。

克哉は完全に立場を逆転できたことに気分を高揚させながら、一向にスーツを脱ごうとしない御堂を急かした。

「ほら、早く脱げ。公開されたくないんだろう?」

「…………」

克哉の言葉を受けて、御堂の長い指がやっとボタンへと伸びる。その指は微かに震えているようにも見えた。

ジャケット、ベストと脱いでいき、ネクタイへと伸びた指は、結び目にかかったまま止まる。

しかし、克哉の刺さるような視線を感じたのか、しゅるり、と布の擦れる音とともにネクタイが床へ落ちた。

続いて、シャツのボタンがはずされていく。日に当てられていない素肌が克哉の前へさらされた。

「下も脱いでください」

さすがに下半身をさらけ出すのには抵抗があるらしい。反抗的な視線を向けられる。

「脱げないなら、脱がしてさしあげましょうか?御堂部長」

何か言いたげに唇が震えたが、なにも言うことなく御堂はさっさとズボンや下着を下ろした。

それを見届けると、克哉は組んでいた足をおろし、御堂を前へ跪かせた。

だがそれきり御堂は動こうとしない。自業自得だとはいえ、

克哉に言ったことを実行することはまだ受け入れきれていないようだ。

「言っただろう、俺にさせようとしたことをやれ、と」

「…だが…………」

「やらないなら、あんたの社会的生命を絶つまでだが」

そう言いながら、携帯を御堂の前にちらつかせた。念のため、御堂に奪い取られてもいいように、

データは御堂が服を脱いでいる間にパソコンへと送っておいてある。

だが、御堂には携帯を奪うという考えすら浮かばないらしい。

御堂は意を決したように、克哉のベルトのバックルを外し、チャックを下ろした。

まだ柔らかいままの克哉のそれが出される。口元にまで近づけるが、

なかなか口に含もうとしない御堂の頭を押さえ、無理矢理口内へ押し込んだ。

「んぐっ……!」

苦しそうなくぐもった声が洩れる。克哉は構わず御堂の頭を前後に揺らした。

息苦しいらしく、紫苑の瞳が涙で滲んでいる。

「早くしゃぶってくださいよ。まぁ、いつまでも咥えていたいならそれでも構いませんが」

嘲り笑いながら頭を押さえる手の力を抜く。反抗的な目が克哉を睨み付けてきた。

だが、反論はなかった。さすがに、逆らっても無駄であることは御堂も十分理解しているようだ。

やがて、御堂は開き直ったのか、それともさっさと終わらせようと思ったのか、棹を擦りながら舌で亀頭を刺激し始めた。

「は、……ふぅ………ん…………」

時折、御堂の唇から艶かしい吐息が洩れる。

ぴちゃぴちゃと淫靡な音が立てながら奉仕をする姿は、克哉の嗜虐心を刺激する。

「巧いな。経験でもあるんですか?」

克哉の侮蔑に、思わず御堂は反抗した。

「ふざけるな、そんなもの、あるわけっ……んん!」

「さぼるな」

最後まで言わせず、再び雄を口内へ押し込む。実際、御堂の愛撫は的確に克哉の性感を煽り、

最初は萎えていた肉茎も今は張りつめ、質量を増していた。

「はぁ……っん………」

裏筋を舌でなぞり、早く吐精させようと励む御堂を嗜虐的な笑みを浮かべながら眺めていた克哉は、あることに気付く。

「御堂さん、何でここを勃たせているんだ?」

「…くぅッ……!」

革靴の先で形を変えつつあった御堂のモノを擦ると、御堂は克哉自身を咥えたまま鋭く啼いた。

「もしかして、虐げられるのが好きなんじゃないんですか?」

嘲弄すると目尻に涙を溜めながら御堂が克哉をにらむ。だが、

その表情はかえって克哉の嗜虐の炎に油を注ぐだけだった。

「そんな、色っぽい顔をしないで下さいよ……」

思わず呟いた言葉は、欲情で掠れていた。御堂の後頭部に添えていた手に

自然と力がこもる。欲望に駆られるまま、御堂の口内を蹂躙していく。

「全部、飲んで……ください……っ」

「んぅ……ふ、………ンンウッ!!」

反射的に口を放そうとする動きを封じ込め、爆ぜた欲を口内へと注いだ。

飲み込みきれなかった精が唇の端からこぼれる様は、ぞくっとするほど艶かしかった。

塞がれていた口を解放され、御堂は肩で息をしながら、それでも敵意を乗せた眼差しを克哉へと向けていた。

ふらふらと立ち上がり、床へ散らかしたままの服を拾おうと腕を伸ばす。しかし、その腕を克哉が掴んだ。

「放せっ!」

克哉は怒声を無視し、振りほどこうとする御堂をベッドへ突き飛ばした。

そしてそのまま、沈む身体に覆い被さった。すばやくネクタイを解き、

手首を拘束する。御堂は足をばたつかせながら怒鳴った。

「何をするつもりだっ!貴様の言う通りにしただろう!」

激昂する御堂に、克哉は優しい声音でゆっくりと語りかけた。

「さっきまでのはセックスを強要してきたことへの報復。そして……」

いったん言葉を区切り、緊張からかすでに固くしこった乳首を指先ではじく。

身じろぎする御堂の耳元で、克哉は甘くささやいた。
 
「……これからが、本当の接待です」
 
 
せいぜい、己の愚かさを恨むが良い。
 
 
 
 
克哉は、心底愉しそうに笑いながら、御堂を蹂躙し始めた。
 
 
 
 

モドル