「佐伯、いい加減にしろ」
夜のオフィスで、御堂は呆れたように後ろに立っている克哉に言った。
社員はすでに全員退社していて、オフィスには御堂と克哉の二人だけしかいない。
それを良いことに克哉は戸締まりをする御堂の腰に手を回したり、尻を触ったりと、イタズラを仕掛けてきた。
いちいち構っていても仕方ないので、克哉を無視していたのだが。調子に乗った克哉は前のほうに手を伸ばしてきた。
「いいじゃないですか。俺達だけしかいないんですから」
耳元で囁かれた低音の声に身体が熱くなりそうになるのを抑えながら、御堂は克哉に振り向いて睨んだ。
「オフィスで盛るなと言っただろう。やりたいなら部屋に戻ってから……」
「前はさせてくれたじゃないですか」
欲情を帯びた声でいわれた内容を聞いた御堂の脳裏に、澤村との一件のあとにオフィスで抱かれた記憶がよぎる。
御堂の言葉を遮った克哉は、御堂の腰に手を回そうとした。その手をはたいて御堂は言葉を返した。
「あ、あの時だってお前が強引に……。それに、あの時はする理由があっただろう。
それとも、今ここでしなければならない理由があるのか?」
「理由?あるさ」
御堂の眼前で、克哉が悪戯っぽく笑う。
「あんたをここで、今すぐに欲しいからだ」
熱っぽく囁かれるその声に理性がぐらりと揺らぎそうになるが、
ここで流されてしまうのは、御堂のプライドが許さない。
「答えになってない」
御堂は冷たく返した。たまには毅然とした態度で断っておかないと、
また夜オフィスで二人っきりになったときに同じことを繰り返してしまう。
御堂はオフィスから出ようと歩き出そうとした。だが、それは克哉によってはばまれる。
「こら、離せ。佐伯」
御堂の腕を掴んだ克哉は、御堂の言葉を無視してそのまま己のほうへ引き付けた。
「置いていこうとするのが悪いんですよ」
笑みを含んだ声が耳元で聞こえる。
克哉から離れようともがく御堂に、克哉は後ろから手を回して御堂のシャツのボタンを外そうとした。
6月に入り、AAもクールビズを導入したため、御堂はネクタイもしめていないし、上着もベストも着ていない。
「佐伯っ……」
たしなめるように名前を呼んだが、克哉は応じず服を脱がしにかかる。
(おかしい……)
半ば強引な克哉の様子に、御堂はいぶかしんだ。
克哉には嗜虐的な気質があるが、再会以後、基本的には克哉は御堂の意思を無視して事に及ぼうとはしない。
強引に抱こうとするときには、彼なりの理由がある場合だ。
「佐伯、どうしたんだ……?」
抵抗をやめて、克哉の様子をうかがうように見る御堂に、克哉は手をとめた。
「私は、君に何かしたか……?」
何も言わない克哉に対してさらに問いかけた。
「いや、別になにも」
そっけなく答える克哉の瞳が揺れる。
斜め下に視線を落とし、話している相手の顔を見ないのは
克哉がなにか後ろめたいことがあるときや、隠しごとをしているときなどにあらわれる癖だ。
「嘘を言うな。何を隠しているんだ」
「………………」
しばらく無言が続いた。だが、克哉は観念したように告白した。
「クールビズのせいだ」
「………は?」
予期せぬ単語が克哉の口から出て驚きの声が御堂の口からあがる。
「クールビズなら、少し前から取り組んでいただろう。何で今さら……」
「いや、あんた、社に戻ってきたとき汗かいていただろう?」
言われて、今日出先から社に戻ってきたときのことを思い出してみる。
今日は夏日で、汗っかきではない御堂もしっとりと汗をかいた。
それがどうも克哉を欲情させた原因であるらしい。
「シャツから肌が透けて見えて、エロかった」
「……君は中学生か」
あまりにもくだらない理由を聞いて、御堂は呆れ混じりにため息をついた。
前々から感じてはいたが、克哉には妙に子供っぽいところがある。
「まぁとにかく、俺を煽った責任をとってもらいましょうか」
そう言いながら近寄る克哉を御堂はひらりとかわした。
「バカなことを言うな。何で私が責任をとらされなければならないんだ。ほら、帰るぞ」
毅然とした態度で言うと、御堂は克哉に背中を向けてさっさと歩いていってしまった。
「やれやれ……」
そのとりつく島もない態度を見て、克哉は諦めてなにもせずに大人しくオフィスを出ることとしたのだった。
モドル