真夜中の果実
その日、御堂はひとり、執務室にて残業をしていた。

ここのところずっと、残業する日が続いている。自分が犯したミスを、自分で処理するために。

もちろんミスを犯した自分が悪いのだが、そもそもミスを犯すようになってしまったのは、あの克哉が原因だった。
 

予備のカードキーを奪った克哉は、ときどき御堂の帰宅するまえに

部屋に入り、帰宅した御堂を辱しめた。また、休日ひとりで寛いでいるときも、

克哉は勝手に御堂の部屋へ入ってくることもある。

そのせいで最近は自宅にいても気が休まるときはなく、肉体的にも精神的にも疲労が蓄積していた。

その結果が、ミスの連発である。プレゼンの失敗、そしてミスの連発によって、

御堂に向けられる社内の目も冷たくなっていくなか、

御堂は疲れた身体に鞭打って黙々と作業を続けた。
 



時計の針が22時を回った頃。小休止を入れようと立ち上がった御堂の目があるものに止まった。

「………?」

デスクに転がっているそれは、よく熟れた柘榴の実だった。手にとると、甘酸っぱい香りが部屋中にただよった。

その香りに誘われるがままに果実を割り、果肉に歯を立てようとしたが、ふと不吉な予感がして食べるのを躊躇った。

前にも、同じようなことがあったような気がする。そして、食べたあとは必ず淫夢を…。

そこまで思い出して、御堂は静かに柘榴をデスクにおいた。

これを食べたらろくなものを見ない。さっさと自販機のコーヒーでも買って飲もう。

そう思いながら御堂は執務室を出ようとした。すると、不思議なことに柘榴の芳香がより強くなり、

御堂の身体にその香りがまとわりつくような感覚に襲われた。

ドアノブを掴んでいた手から力が抜け、御堂の足が止まった。

気味が悪いと思うのに、足は自然とデスクのほうへ向かう。

柘榴の前に立ったときには、なかば夢心地で再び柘榴を手に取り、

真っ二つに割ってその艶やかな果実を口に入れた。
 
 



「ん………」

机に突っ伏していた御堂は、胸元に感じる熱に目を覚まされた。

寝起きで頭がぼんやりとしているところへ、自分のものではない指が胸の突起をつまんだ。

「っ……?!」

驚いて後ろを振り向くと、自分と瓜二つ…いや、全く同じ顔の人物がにやにやと笑みを浮かべていた。

「鈍いんじゃないか?……君…いや、<私>か。ここまでされないと起きないとは……」

言われて自分の姿を確認すると、ネクタイは解かれ、シャツのボタンはすべて外されていて、素肌がむき出しになっていた。

「なっ…、お前、いつの間に…!」

「仕事を放り投げて暢気に居眠りしているときからだ」

意地悪く笑うもう一人の自分を見て、御堂は柘榴を食べたことをひどく後悔した。あれを食べると本当にろくな目に遭わない。

「そう後悔するな。折角再会したんだから」

御堂の思考を読み取ったかのようにもう一人の御堂が言った。

嫌な予感がした御堂は、胸をはう腕をつかむと、冷たく告げた。

「……離れろ。私は仕事の続きをしなくては……」

「仕事か……」

もう一人の御堂の目がパソコンのモニターを見つめる。
 
「こんなこともミスするとは……情けない」

嘆息とともにもう一方の指が、スクリーンのある一点を指す。そこには、単純な入力ミスがあった。

だが、単純なものとはいえ、軽視はできない。直そうとキーボードに伸びる指を、もうひとりの自分の手が掴んだ。

「いい。私がすべて終わらせておく」

殊勝な申し出に不吉な予感が働く。

「いや…だが……」

「そんなことより」

次の瞬間、御堂の身体に衝撃と痛みが走った。デスク上の書類が何枚か床へ舞い落ちる。

「貴様っ……なにを」

デスクに押さえつけられながら御堂は声をあらげた。

それに答える声はなく、ベルトが外されていく金属音がかわりに耳へと届いた。

チェアに腰かけていたためスラックスを脱がされることはなかったが、

もうひとりの自分の手は下着の中へ侵入してくる。

そのまま熱を持ちかけた自身をつかまれ、ゆるゆるとしごかれた。

「…やめ……っ」

上擦りそうになる声をどうにか抑えながら、御堂は拒絶しようと身を捩った。

だが、強く抵抗しようとしても、身体がなぜか言うことをきかない。

もうひとりの自分がそんな御堂を嘲笑うように、空いている手でまた胸の突起をなぶった。

そして、耳元に唇を寄せて、耳朶をねぶりはじめた。

三ヶ所を同時に責められては、さすがに声を堪えようにも唇から甘い吐息がもれてくる。

「く…、…ぁ……」

じわりとわき上がる快感に流されまいと、御堂は強く手を握りしめた。

自身に愛撫をほどこす指は、器用に御堂の弱いポイントをせめる。

「……っ?!」

下肢の力が抜けてきたとき、もうひとりの御堂がチェアを後ろに引いた。

バランスを崩した御堂の体をもうひとりの御堂がデスクへうつ伏せに押さえ込む。

御堂の手が卓上のキーボードに当たり、パソコンの画面に無意味な文字の羅列が入力された。

御堂は自由の利かないなか、体に当たらないようにするためにキーボードを前におしやった。

こんな状態でも自分の身ではなく仕事のことを考える御堂の行動に、愉快げにもうひとりの御堂が笑った。

「ククッ…。まだ余裕があるようだ」

そういうともうひとりの御堂は、ポケットからあるものを取り出した。

後孔に固くて丸い、ツルツルしたものを押し当てられた御堂は、はっと息を飲む。

「そ、それは…、っや……、うぁあ……!!」

拒絶の言葉は、押し込まれた異物の衝撃で飲み込まされた。

「これが好きなんだろう?何しろ、大事なプレゼンの前に入れていくくらいなんだからな」

「それは、入れないとプレゼン中にあの映像を流すと、あいつに脅されたから…っ」

そう弁明しながら、御堂はある違和感を抱いた。なぜ、あのときのことをこいつが知っているのだろうか、と。

あのときのことは、自分と佐伯しか知らないはずではないのか。

「な、なぜ、君が…そんな、ことを…知って……っひ!」

問いかけたとき、カチリ、というスイッチを弾く音とともに、ローターが振動を始めた。

振動は、あのときの忌々しい羞恥と屈辱の記憶を、快楽とともに掘り起こしていく。

「あの男から聞いた」

快感に苛まれ震える御堂に、もうひとりの御堂が先ほどの問いの答えを言った。

「あ…の、おとこ……?」

せりあがる快感に耐えつつ、途切れ途切れに呟く。

ふっと、脳裏に黒いコートをはおった金髪の男の姿が一瞬よぎったが、

誰であったのかは思い出すことはできなかった。

「全く、あんなブラフに騙されるとは……。情けない」

低く、苛立ちの混じった声音が頭上から降ってくる。

確かに、冷静に考えてみれば、社外の人間である克哉がモニターを弄ることなど、

ほとんど不可能に近いと思うことはできる。それなのに、自分はあの映像のことを話された途端、

普段の冷静な判断力を失ってしまい、あのような失態をさらしてしまった。

そして、プレゼン終了後にはそのまま会議室で犯されたのだ。

あのときの屈辱を思いだし、克哉への憎悪と己の不甲斐なさにいらだち、ぎりりと奥歯を噛み締めた。

「そうだ……その怒りを忘れるな」

満足そうな、自分と同じ声が耳に届く。と同時に、内部をなぶり続けていたローターを急に抜かれ、

代わりに熱い怒張を押し当てられた。そして、一呼吸おくと、一気に貫かれた。

「ひ、ぁア…ッ!痛っ……」

先ほどのものとは比べ物にもならない質量に、痛みで涙が頬を伝う。

それでも揺さぶられていくうちに、身体は痛みのなかから官能を見つけ出し、

唇からもれでる声も苦痛のそれから快感による喘ぎへと変化していく。

そんな淫らな姿を見せる御堂に、もうひとりの御堂が呆れと蔑みの感情を口にだした。

「もうこんなになるとは……。毎晩、あいつに抱かれているのか?」

「そんなわけ…っあ、あ……」

否定しようとするが、肉茎をそろりと撫でられ、意味のない音を吐くことしか叶わなかった。

「大方、家で待ち伏せされていて、帰宅するとすぐに犯されているんだろう。カードキーはあいつが持っているしな」

冷たいそのセリフが、克哉による凌辱の記憶を呼び覚ましていく。

思い出したくもない、嫌悪感だけの記憶のはずなのに、何故か身体の芯からぞくりと快感がわいた。

「思い出しただけで感じたのか。淫乱め」

「ちが…う……」

身体が反応してしまったのは事実であるが、それでも御堂は絞り出すように否定の句を口にした。

だが、その返事を咎めるように抽送が激しくなった。

「んっ、ァ、……はっ!」

奔流のような快感が御堂へ襲いかかり、残っていた理性もばらばらに砕け散りそうになる。

「も、ぅ…、やめて、くれ……っ!」

もちろん、そんな懇願は聞き届けられることもなく。

「…ぁアアーッッ!!」

全身を痙攣させながら、御堂は達した。内壁へ男の欲が注がれるのを感じながら、御堂の意識は闇に落ちた。
 
 
 
 


「…ん………」

気が付くと、御堂はデスクに突っ伏していた。

(いつの間に…寝てしまっていたんだ……)

ぼんやりとしながら身を起こす。混濁していた頭が覚醒していくうちに、御堂は先ほどのまで見ていた悪夢を思い出した。

(そうだ、私は……)

自分と瓜二つ、いや、もうひとりの自分にここで犯された。そこまで思い出して、はっとした。

着衣に乱れはまったくない。デスクの上のものも元通りになっている。

先程のできごとは、本当にたんなる夢だったのかもしれない。

そう考えながら、途中だった仕事のことを思いだし、パソコンにむかった。

だが、パソコンの画面をみて、御堂は驚きの声をあげずにはいられなかった。

「完成している…だと……!」

信じられないことに、画面には完璧に仕上がっている報告書などが映っていた。

(ということは、あれはやはり……)

夢ではなく、現実に起こったことであることは、明白である。

狐につままれたような気分でデータを上書き保存し、御堂は帰り支度を始めた。
 
 




デスクの下では、二つに裂けた紅い実が落ちていたが、御堂がそれに気付くことはなかった。