魅惑の果実

もう何ヵ月が経ったのだろう。



私はゆっくりと姿勢を変えながら、ため息をついた。


はめられた首輪と壁をつなぐ鎖が、じゃらじゃらと耳障りな音を立てる。

 

 

 



佐伯克哉に自宅へ監禁されて数ヵ月。

とうの昔に会社をクビになり、社会的な地位も名誉も、人間の尊厳さえ、

すべてあの悪魔のような男に奪われた。

もう私から奪うものは何もないはずなのに、あいつは解放するどころか、夜毎私を手酷く犯した。

 




そんな絶望しかない状況のなかまだ私が理性を保てているのは、

ただあいつに屈したくない、という意地だけだった。

筋力が低下しないように、あいつがいない間は体が動かせる範囲で鍛えている。

幸か不幸か、絶対に逃げることはできないからか、

ある日から首輪と手錠は長めの鎖のタイプのものがはめられた。

 



 ピッ。

 


静寂を、扉のロックの解除音がやぶった。


「ただいま、御堂さん」


まるでこの部屋の主のような態度で入ってくるが、

もはやそれが日常になりつつあることにぞっとする。


「……」


返事を返す代わりに睨み返すと、佐伯は途端に不機嫌になった。

おそらく、またお仕置きと称して辱しめられるのだろう。

頭では分かっていても、屈したくはなくてつい反抗的な態度をとってしまう。


「まったく…。いい加減に観念したらどうなんです?」


呆れ顔で言う佐伯に吐き捨てるように答えた。


「…貴様にだけは、屈しない」


「俺にだけは、ねぇ…」


にやりと佐伯が笑った。またろくでもないことを思いついたのだろう。


「じゃあ、他人になら抱かれてもいいってことですか?」


「そんなわけあるか!」


 
頭にかぁ、と血が上る。佐伯の嘲弄を否定する私を、佐伯は冷笑を浮かべて眺めていた。


「くく…、淫乱なあんたのことだ、抱いてくれるなら相手は誰でもいいんだろう」


言いながら佐伯は鞄から何かの果実を取り出した。

割れ目から赤い粒がのぞくそれは、石榴の実だった。佐伯はさらに言葉を続ける。


「あんたがどれだけ淫乱なのか、教えてあげますよ」


「なんだと…?」


邪悪な笑みを浮かべて近づいてくる佐伯から言い知れぬ恐怖を感じて、

私は無駄だと分かっていながら後ずさった。

そんな私を楽しげに見つめながら、佐伯は取り出した石榴を二つに割った。

馥郁とした香りが部屋へ漂い、鼻腔をくすぐる。

佐伯は果実を口に含むと、私に覆い被さって唇をふさいだ。

突然の行動に反応できない私の口内へ、甘酸っぱい果汁と佐伯の舌が入ってくる。


「ふ、ん……っ!」


抵抗を試みようとするも、果実の味が口内に広がっていくとともに

だんだんと意識が朦朧としていく。そして、そこで私の意識は途絶えた。


 

 

 

 

「……なっ!?」


目覚めるとそこは見知らぬ、そして信じられない光景が広がっていた。

調度品が赤で統一された部屋、その中で私は全裸で椅子に座らされている。

椅子、といってもその形状は歯科医院などにある診療用のものに似ていた。

しかも、両手足がベルトで椅子へ固定されており、身動きがとれない。


「お目覚めですか?御堂さん」


前方にはいつの間にか、立派な椅子に腰かけた佐伯の姿があった。

その隣には、黒いコートを着こんだ見知らぬ金髪の男が立っている。

その男は柔らかな微笑を浮かべて、恭しくお辞儀をした。


「Mr
.R、と申します。お見知りおきを」


「…貴様ら、私をどうする気だ」


何を考えているか分からないRの瞳に恐れを抱きつつ、それでも私は強い口調で尋ねた。

すると佐伯が口許に薄い笑いを刷きながら答えた。


「強情でどうしようもないあんたを屈服させてやるんだよ」


「何だと?」


思わず聞き返してしまう。身動きの取れぬこの状態では、こいつらにされるがままだ。

だが、いつものように私の意志などお構いなしに、佐伯は口を開いた。


「Mr
.R、始めろ」


その言葉が、長い地獄の始まりを告げた。


 

 

 


「ぁ、ハァ……ッ」


椅子の上で、みっともなく身体をくねらせながらじれったい快楽に耐える。


Mr
.R、とやらいう男の舌が、私の肌をはいまわる。

佐伯に犯され続けていたこの身体は、まるで全身が性感帯になったかのように敏感に反応した。


「んんっ…!」


舌先が乳首をつつく。甘い疼きが電流のように身体へ走った。


「本当に、貴方は天性の淫乱ですねぇ…」


Mr
.Rが歌うように呟く。革の手袋に包まれた指が、脇腹をなぞった。

それだけでびくりと震える己の身体の浅ましさが許せない。


「やめっ…!」


「嘘をおっしゃい。ここをこんなに濡らしておいて…」


「…ァアッ!!」


突然、指が先端をなぜた刺激であられのない声があがってしまう。

更なる刺激を求めようと、腰が勝手に揺らめいた。

だがRの指は一番刺激を求めている部分を離れてしまう。


「ぁ、…んっ…‥」


中途半端に熱をあおられた身体は、快楽をねだるように震える。


「くく…そろそろ欲しいんじゃないのか?」


佐伯が愉快そうに喉をならす。舐めるような視線を感じて、それだけで身体が跳ねた。


「見られるだけで感じるんですか」


嘲笑とともに佐伯の靴音が近づいてくる。


「ちがっ…、ァアッ…‥!」

 


突如、最も敏感なモノに甘美な快感を与えられ、拘束された椅子の上で身悶えた。

視線を下にやると、Mr
.Rが私のモノをくわえたのが見えた。


「気持ち良さそうに喘いでいるくせに、素直じゃないな」


いつの間に用意されていたのか、ブランデーを片手に持ちながら佐伯が私の顔をのぞいた。

与えられ続ける快楽に耐えながら、唯一自由のきく首を動かして、顔を背ける。

すると胸に冷たい液体をかけられた。

琥珀色で深みのある香りを放つそれは、佐伯が手にしていたブランデーだった。


「んんッ!」


佐伯の舌が胸の上の液体をすくいとっていく。

舌先がときおり乳首の先端をかすめ、身体へ走る快感に翻弄された。


上から下から責められて、理性がだんだんと摩滅していくのを感じる。

ただ、無様に更なる快楽をねだらずにすんでいるのは、

今まで私を支えてくれた意地がまだ残っているからに過ぎない。


「…素直になられたらどうです?己の、欲望に」


「いや…だ…」


Rの言葉にたいして、半ば反射のように拒絶の言葉を吐く。


「本当に強情だな…」


あきれ混じりに呟かれた言葉とため息が肌にかかった。

どんな仕打ちを受けてもこいつにだけは屈したくない。

くじけそうになりつつあった心を奮い立たせて、

ありったけの憎しみを込めた視線を佐伯にぶつける。


「仕方ない。R」


冷徹な声が鼓膜を震わせるとともに、窄みへ固いものがおしあてられた。

熱を持たないそれは、プラスチックのようなものか。


「あんたを狂わせてやるよ…」


「何だと……、ぅあ!」


妙なものが中へと入れられる。だが、異物感以外はとくに苦痛などは感じられない。


「R、あまり暴れられて怪我されちゃ楽しめないからな…、床においてやってくれ」


「かしこまりました」


それまで私を拘束していた器具が外され、身体の自由が許された。

だが拘束されながら焦らされ続けたこの身体は、思うように動いてくれない。

そんな人形のように横たわっている私を、Mr
.Rは軽々しく持ち上げて

毛の長い真紅のカーペットの上へうつ伏せにおろした。

私は尻に挿入されている器具を抜こうと、どうにか動く手を後ろに回そうとするが、

後ろに控えていたMr
.Rに阻まれて果たせなかった。

仕方なく腕を立て、顔をあげて睨み付ける私に、佐伯は薄く笑ってこたえる。


「淫乱なあんたのことだ。さぞいい声で啼くだろうな…」


「…くっ」


佐伯のその言葉に嫌な予感がして、腹に力を入れて器具を押し出そうとするが、

器具はむしろ肉に食い込んで、がっちりと固定されてしまう。


「出そうとしても無駄ですよ?御堂さん」


後ろからせせら笑うようにMr
.Rが言った。

私はなす術なく、カーペットの上で身体を預けることしかできなかった。


 



そうして、しばらく経ったとき。


「…ッッ!?」


突如、身体の奥から暴力的な快感が全身へ駆け巡った。


「始まったようですね」


冷静にMr
.Rが言い、私から離れる。


「ひぃ…、な、なに…ァ…!」


襲いかかる快楽に耐えようとカーペットを掴むが、力を込めたそれだけで快楽が増幅する。

身体が痙攣し、私はあっという間に達してしまった。…だが。


「な、なん…で……」


精液を放つこともなく、ただただ強い快感が

身体へ駆け抜けたかと思うと、再び器具が私の身体を苛み始めた。

先程与えられた焦れったい快楽とはまた違う悦楽は、

私にとっては暴力と同じであった。

生理的に流れる涙が、カーペットへ散る。


「あ…イヤ…だ、イヤァ…ッッ!」


壊れたテープレコーダーのように、私の口から否定句が溢れる。


「さすが、貴方が選んだお方…。佳い声だ…」


恍惚とした男の声が聞こえたが、そんなものを気にする余裕など私にはない。

ただ、あられのない悲鳴を上げることしかできなくなっていた。

二度目の絶頂が訪れる。だがやはり、射精をともなうことはなく、

またもや凄まじい快楽が牙をむいて私へ襲い掛かってきた。

カーペットの上で、見苦しく身悶えながら悦楽という苦しみに耐える。

そこへ、佐伯が近づいてきた。


「楽になりたいですか?」


「……ッ!」


蒼い瞳が私を見下ろす。


駄目だ、こんな悪魔に屈しては…っ!


理性の欠片が断末魔の体で叫んだ。


「良すぎて、気も狂いそうなんだろう?」


低音の囁きが、甘い響きをおびて私を誘う。私の理性の声をかき消すように。


「あ、ァ……」


身体は快楽によじれるが、佐伯の瞳から目をそらせることができない。


もう、限界だった。


「お願い…だ、た、助…け……」


「それでいい」


佐伯はにやりと笑うと、苛んでいた器具を一気に引き抜いた。

そして、代わりに熱い肉棒をおしあて、私を貫いた。


 

 

…理性の残滓が跡形もなく砕け去っていく。

私を支えていたものが崩れていく音を聞きながら、私は快楽の海へと溺れていった。