腐った果実

「Club Rへようこそ、大隈専務」
 

長い金髪の髪を三つ編みにした、黒いコートを着込んだ男はにっこりと笑ってお辞儀をした。

その男の前には、戸惑いの色を隠せずに部屋を見回す初老の男―大隈―が立っている。

何故自分がこんなところへいるのか。

終業後、帰ろうとしたときに転がっていた柘榴を口にしたところまでは記憶がある。

熟れすぎた、といっても過言でもないその果実を、自分は何故か誘われるように口にしてしまった。その後のことは、定かではない。

大隈は見知らぬ男が己の名前を知っていることに警戒感を抱きながら問うた。

「…君は、誰かね?」

「私は、Mr.Rと申します」

笑顔を崩さないまま、男はMr.R、と名乗った。

「そんなに警戒なさらないで下さい。ここは、貴方が普段抱いている欲望を叶えることができる場所なのですから」

「欲望?」

不穏な響きを持つその言葉を大隈は反芻しながら、Mr.Rを見た。

Mr.Rは柔和な笑みをたたえて、歌うように大隈に囁いた。

「ええ、そうです。…貴方の持つ欲望を当ててみましょうか」

Mr.Rの金色の瞳が、大隈をじっと見据える。

何もかもを見透かされているような気がして、大隈は無意識に後ずさってしまった。

だが、Mr.Rはかまわず言葉をつむぐ。

「貴方は、貴方の部下…御堂孝典さんをその手で汚したい、そんな欲を抱えていらっしゃいます」

「なっ!!?」

大隈の目が驚愕に見開かれる。そう、確かに己は御堂に劣情を抱いていた。

どんなときでもそつなく仕事をこなす、あの部下の端正な顔を見るたびによからぬ感情が沸き起こっていた。

だがもちろん、行動を起こすわけにもいかず、夜な夜な妄想して己の劣情を消化するだけにとどめていたのだが。

「…叶えることが、できるのか?」

恐る恐る大隈が口を開いた。

「はい」

長年抱いていた望みが、今宵、叶う。

だが、大隈も長い年月を経てその地位を積み上げてきた男。

あまりにもおいしい話に何も考えずに飛びつこうとは思わない。

「うますぎる話だな。…それなりの対価を支払わねばならないのではないのかね?」

「さすが大隈専務。用心深いですねぇ。ですが、ご心配には及びません」

「では、代金も代償も、何も要らないと」

いぶかしげに見つめる大隈にMr.Rは満面の笑みを浮かべて答えた。

「ええ。強いて言えば、この機会を十二分にお楽しみいただく。それが代金です」

「ふむ…」

どうも信じがたい話ではあった。だが、もしかしたら、これは一睡の夢なのかもしれない。

それならば、言葉通り楽しませてもらうほうが有益だ。

大隈はそう考え直すことにした。その大隈の考えを読み取ったかのように、Mr.Rはとある一室に大隈を案内した。

「さぁ、こちらです。存分に、お楽しみあれ」
 

 
 

部屋には、信じられない光景が広がっていた。

「御堂君…」

部屋の真ん中においてあるベッドの上には、手錠で両腕の自由を奪われた御堂の姿があった。

その御堂の近くには、各種の玩具が用意されている。

「大隈…専務……」

一糸纏わぬ姿で不安げな表情を浮かべる御堂はこの上なく扇情的だった。

大隈は沸きあがる情動を抑え込みながら、御堂にゆっくりと近づいた。

御堂は羞恥に顔を赤く染め、自分の置かれた状況に戸惑っている。

「専務、お願いします…これを外してくださいませんか?」

御堂は手錠がはめられた手を大隈の前に差し出した。

まさか、大隈が自分に対して劣情を抱いているとは思っていない態度だ。

「駄目だ」

「え……?」

驚きに目を見張る御堂に、嗜虐心が刺激される。


さて、どうやって啼かせてやろうか。

大隈の目に、細長い棒のようなものが映った。

それは、乗馬用のそれを連想させるムチだった。

大隈は口元を笑みの形に歪めながら、スラックスと下着を脱いだ。

御堂は息を呑んだまま、黙っている。

目の前に繰り広げられていることに、頭がついていっていないようだ。

「さて御堂君、命令だ。奉仕したまえ」

大隈はゆるく立ち上がっている肉棒を御堂の前に突きつけた。

「な、何を言っているんですか、専務…‥」

理解できない、という風に御堂が呟いた。何も言わない大隈に、静かに言葉を重ねる。

「正気ですか?そんなこと、できるわけ…‥、うぁっ!!」

空気を割く音の後に、乾いた音が部屋へ響いた。御堂の胸に、一条の痕が赤くつく。

「逆らう気かね?」

「あ、当たり前じゃな…、ぐぁ!」

再び御堂の身体にムチが打ち据えられる。

顔を恐怖にひきつらせて大隈を見上げる御堂を、大隈は冷ややかに見つめた。

「君はいつからそんな生意気な口を聞くようになった?」

大隈は冷たく言い放つと、ムチを捨てて御堂に覆いかぶさった。

抵抗しようともがく御堂だったが、手を拘束されていてはそれも叶わない。

「や、やめてください、専務!」

足をばたつかせて御堂が叫んだ。

普段では絶対見ることのできない姿に、大隈のほの暗い征服欲が刺激される。

大隈は拒絶の言葉を吐く唇を己の唇でふさいだ。

「んんっ……!」

くぐもった声が御堂からあがる。切なげに眉を寄せる御堂の口内を、

大隈の分厚い舌が蹂躙していく。逃げる御堂の舌を、大隈のそれが捕らえた。

「ん、…ぅ……」

御堂の口内を犯しながら、大隈は固くしこった胸の突起を爪で引っ掻いた。御堂の身体が小さく跳ねる。

何度もこすってやると、身体に走る甘い疼きから逃げようとするように御堂が身体をよじった。

「そんなにここがいいのか」

ようやく唇を解放された御堂は弱々しく首を横に振った。その動きで潤んだ瞳から涙がこぼれ落ちた。

「もう…やめて、下さい……」

大隈を見上げて懇願する御堂に、大隈の熱がさらに煽られる。

「君も往生際が悪いな…」

言いながら、大隈はすでに立ち上がりきっている御堂自身をしごいた。

先端からこぼれてくる透明な液を塗り込めるように手を動かす。

「ぁあ……っ」

こらえきれなかったのか、御堂の口から嬌声があがった。

己の浅ましい声が恥ずかしかったらしく、唇を噛み締めたがもう遅い。

大隈はもっと御堂を乱れさせたくて、先走りで濡れた指をアヌスへ突き入れた。

「ひっ…!」

短い悲鳴が上がったのが聞こえた。構わず大隈はまだ硬い内壁をかき回すように指をうごめかせた。

「もっと力を抜きたまえ。動かしにくいだろう」

異物感と圧迫感に苦しむ御堂に大隈は容赦なく命令する。

最初に比べると幾分か解れたアヌスから指を抜くと、大隈は丸いものを指の代わりに御堂の中へ入れた。

「なに…を…。…‥っ!!」

大隈がリモコンのスイッチを入れると、御堂の身体が大きく震えた。

大隈が入れたもの…それはローターだった。

「ぅあぁ…っ、や、……!」

ちょうど敏感なところに当たっているのだろう、御堂はシーツを掴みながら身悶える。

大隈はそんな御堂の姿を目で楽しみつつ、御堂の髪をつかんで御堂の顔を己の股間に近づけた。

「さぁ、御堂君…これを舐めるんだ」

唇に自身の猛りを突きつける。御堂は顔を背けて拒絶を示した。

「それならば…お仕置きだな」

そう言うと大隈はさきほど捨て置いたムチを手に取り、うつ伏せの状態になっている御堂の尻へ打ち据えた。

「いっ…!」

御堂が苦痛でうめく。二度三度ムチを降り下ろすと、御堂は観念した。

「ゆ、るしてください…、言う通りにしますから…!」

涙を瞳にためて言う御堂にぞくりとする。大隈は口角を歪め、言った。

「そうか。では、さっさと始めろ」

「‥んっ……」

御堂はおずおずと大隈のそれを口に含んだ。そのぎこちない様子が大隈を興奮させていることに御堂は気付かない。

「ん…ふぅ……ぁ…」

時折ローターの振動に耐えきれず尻をふるわせる御堂は、この上なく卑猥だ。

「…ふ、いい…ぞ……」

けして巧いとはいえないが、何事においても完璧なあの御堂が己のモノを口にくわえている、というだけで達してしまいそうになる。

「全部…飲め…っ!」

御堂の口内で大隈の肉棒が大きく脈打った。濃厚な精液が御堂の喉奥めがけて放たれる。

「ぅ…んぐ、…ゲホッゲホ…ッ」

言いつけを守れるはずもなく、御堂は大隈の欲を口からこぼした。飲みきれなかった精液は御堂の顔を汚す。

「飲め、と言っただろう?」

低い声が御堂を責める。頬にぴたぴたとムチで軽く叩かれ、御堂は怯えた目を大隈に向けた。

「も、もうしわけ…」

「謝ればすむ……。そう思っていたら大間違いだ」

御堂の肩がびくり、と震えた。ムチで叩かれると思っているのだろうか。

大隈はにやりと笑うと、ローターのリモコンのメモリを一気に最強へ回した。

「――ッッ!!」

次の瞬間、御堂の背が弓なりに反った。

強烈な、暴力的ともいえる快感が御堂に襲いかかっているのだろう。

御堂は紫闇の瞳から涙を散らしながら、快楽に悶えた。

「あ、ぁ…、アッ!」

大隈の目を気にすることもできずによがる御堂に、大隈は情け容赦ない命令を下す。

「御堂君、勝手にイっては駄目だぞ?」

「ぅあ、ハッ……んん!」

おそらく、御堂の耳に大隈の言葉は届いていないのだろう。

御堂は尻を突き出すような格好で身を苛む快楽に耐えていたが、堪えきれずに欲を吐き出した。

それでもスイッチを切らないでいると、再び御堂自身は膨らみ始めた。

完全に立ち上がった状態になったとき、大隈は凶悪な笑みをたたえながら、ローターのスイッチを切った。

「ァ…ぁ……」

与えられていた刺激が急に止んだ反動か、御堂の身体がベッドへ沈む。

大隈は紐を手にとると、屹立したままの御堂自身に結わいた。

ローターの刺激が余程激しかったのか、御堂はされるがままだ。

「御堂君」

「……?」

大隈の呼び掛けに、微かに首を動かした。気を失っているわけではないらしい。

「君はゆるしなく、達してしまったな」

「……っ!」

御堂の瞳に恐怖の色が浮かぶ。

「またお仕置きが必要なようだ…」

大隈は下卑た笑みを浮かべながら、許しを乞う御堂を仰向けにさせた。

そして、先程まで御堂を責め立てていたローターを一気に引き抜いた。

抜かれた衝撃で御堂の身体がびくりと揺れる。

大隈は御堂の腰を掴むと、物欲しげにひくつくそこに自身をおし当て、最奥目指して貫いた。

「ひ、ぁアアッッ…!」

「くっ…」

ローターで責められていたとはいえ、本来排泄器官として機能しているそこは男を迎い入れるには窮屈だった。

心地よい御堂の悲鳴を楽しみながらも、大隈は達してしまわぬよう注意深く内壁をゆっくりと擦りあげる。

「イ、ャ…だ……やめッ!」

御堂は震えながらふるふると首を横に振る。

だがその仕草が大隈の情欲をさらに煽っていることに、御堂は気付いていない。

「…!?、…ァアッッ!」

大隈のモノがある一点をついたときだった。凄まじい快感が走ったのか、御堂の身体が大きくしなった。

それと同時に、内壁が収縮を起こして大隈の肉棒を締め付ける。

「凄いな…」

欲にかすれた声で大隈が呟く。

見つけたポイントをもう一度擦ると、なにかを否定しようとするかのように御堂が弱々しく首を横にふった。

「気持ちいいのだろう?…素直になりたまえ」

「やっ…」

大隈の囁きにまだ拒絶の言葉を吐くあたり、まだ理性は残っているらしい。

それならば、と大隈は御堂の弱い部分を執拗に責め立てた。

「ひっ、…ふぁ…ん、…っ!」

御堂の唇から断続的に悩ましい悲鳴があがる。

やがて、快楽の熱に浮かされた御堂は大隈にすがるように懇願した。

「せ、んむ……ぁ……も、外し…っんん!」

「これを、か?」

大隈が御堂自身を縛った紐をなぞると、御堂は喘ぎを洩らしながらこくこくと頷いた。

その動きで御堂の瞳からまた涙の粒がこぼれた。



あの御堂が涙を流して卑猥な懇願を自分へしている。



そう思うだけで征服欲が満たされていくような感じがした。

(もっと遊んでやろうと思ったが…‥)

大隈は心のなかでそう呟くと、それまで御堂自身を拘束していた紐を解いた。

そして再び強い律動を始めた。御堂の身体が淫らに揺れる。

やがて、御堂に限界がおとずれた。御堂の身体が大きくしなるとともに大隈のモノを強く締め付ける。

「ん、ァ…、ッッ!!!」

「くっ……」

一際高く啼く御堂のなかに、大隈は自らの欲を注ぎ込んだ。
 
 
 



「…やはり、腐っていたか……」

翌日。MGN内にあるトイレの個室に、大隈がこもっていた。

あの甘美なひとときの終わったあと、柘榴を食べたときのように記憶がふっつりととだえていた。

ただ、気が付いたときには自宅の寝室のベッドへ横になっていた。と同時に、猛烈な腹痛に襲われた。

どうにか会社へはこられたものの、やはり腹の中の雷はおさまりそうにない。

(あの男は代償など払う必要は無い、と言っていたが…)

今の状態からして、この苦しみが代償だったような気さえしてくる。

だが、あの夢のような時間が過ごせたことを考えれば、こんな苦しみなど安くすら感じてしまう。

否、このくらいの代償ですむのなら、またあの禁断の果実を口にしたってかまわない。

そんな風に、再びあの柘榴を手に入れたいという希望を抱きながら、大隈はトイレを後にした。