嫌よ嫌よも…

 

本多という男は苦手だった。

馬鹿に明るいし、単純だし、自分とは正反対の人間だ。

水と油、という言葉は自分とあの男の関係を表す最適な言葉であると思う。

あいつと顔を合わせれば、いつも大論争を繰り広げた。



あいつといると、普段かぶっている仮面が剥がされていくような気がした。

それが不快だった。不快なはずだった。

…それがいつからだろう、


心地よく感じるようになったのは。
 




 
この日キクチからきたのは佐伯ではなく、本多だった。

自分を嫌っている本多がきたということは、おおかた佐伯は別件でこられなかったのであろう。

定例のミーティングなど、必要に迫られないと本多はこちらにこない。

それは自分を嫌っているからだ、と御堂は思っていた。

…当たり前だ。会うたびに突っかかるのは自分からなんだから。

本多のあの竹を割ったような単純な性格は、こんな自分の態度は嫌で仕方がないだろう。



今日の午前も本多と派手にやりあった。

きっかけはくだらないことだった。

いつものとおり、わざとけんかを売るように突っ込んだら

本多は面白いように食って掛かってきた。

そのまま言い合いをしたあと、昼休みに入ったこともあり、

本多は飛び出すように外へ出ていった。

 

とくに打ち合わせも入っていなかった御堂は、昼食を外で取りそして社へ戻った。

執務室へ戻る途中、廊下で大隈専務に会った。

他人と話をする気分ではなかったが相手が専務ではそういうわけにもいかない。

とっさに営業スマイルを貼り付けて対応した。



話が終わり、専務がその場を去るのを見届けてエレベーターに向かおうとしたとき。

御堂の前に見慣れた大柄な男の姿があった。

「何だ、いたのか」

別に嫌味を言うつもりもなく発した言葉だったが向こうはそうはとらなかったようだ。

むすっとしたその表情を見ればわかる。

そのまま二人はエレベーターに向かった。

到着した無人のエレベーターに言葉を交わすこともなく二人は乗り込む。

重い空気を乗せたエレベーターは静かに上の階を目指してあがっていった。

そんな空気が重かったのか、本多が自分にちらりと視線を向けた。

先程の口論のことなのか、何か言いたいことでもあるのだろうと御堂も本多を見る。

だが、本多の口から出た言葉は意外なものだった。

「…さっきみたいに笑えばいいのに」



さっきみたいに。



専務に向けた営業スマイルのことを言っているのか。

そう思うと何だか妙に面白くなく感じた。

こいつは、あんな作られた笑みを私にしてほしいのか。



ちょうどエレベーターの扉が開き、御堂はさっさと出た。

後ろから本多も降りる気配がする。

御堂はその場で足を止め、本多のほうを向いた。

「君は…私にあんな笑顔を向けてほしいのか?」

「へ?」という間の抜けた声が聞こえたときには、御堂は踵を返して執務室へ入った。




何で自分はこんなことを言ってしまったのだろう。

何故、あんなことを言われて腹が立ったのだろう。なぜ……。
 
 


「これでいい」

終業の時間。本多が作成した書類のチェックをした御堂は、

それ以上特に何もコメントせず本多に書類を返した。

「ありがとうございます」

書類を受け取った本多は書類をしまい、帰り支度をした。

だが、本多は帰ろうとせずに御堂の顔をじっと見つめてきた。

何か言いたげなその顔を見て、おおかた先程の自分の言葉のことだろうと予想しながら本多を促した。

「なんだ。まだなにか用か?」

そんなつもりはないのに、苛立たしげに言ってしまった。

そんな自分の態度に気分を害したのだろう。本多の眉間にしわが寄る。

だがここでまた言い争いをしても意味がないと悟ったのか本多はおとなしく用件を切り出した。

「あの、御堂部長。さっき俺に言ったことって、どういう意味ですか?」



やはり、そのことか。

そう思ったが御堂はわざと何を指しているのかわからないという風に本多に聞き返した。

「さっき言ったこと?」

「ほら、エレベーターを出たときに俺に言った言葉ですよ」

「……っ」



まさか、ありのままの自分を見てほしいだなんてことを言えるわけがない。

頬が熱くなるのを感じたがあえて御堂はこう返した。

「別に深い意味はない」

「じゃあ、何で頬染めてるんですか」

意地悪く笑いながら本多が寄ってきた。

ただでさえ体格が大きい本多が、こちらが座っているせいで余計大きくそして威圧感を与える。

何故か身の危険を感じて、御堂は立ち上がってその場を去ろうとした。

だが、急に立ち上がったせいでバランスを崩した身体が本多の胸へ倒れこんでしまう。

その自分にはない大きくたくましい胸に驚き、しばし動くことができずに本多の顔を見上げた。

そのとき、顎を捕らえられ視界が本多の顔で埋め尽くされた。

「本多っ、何を…、ぅん……っ!」

御堂の言葉は本多の唇で遮られた。

分厚い舌が口内に入り込み、歯列をなぞる。

息を奪われるような濃密な口付けに、突っぱねようと伸ばされていた腕が、

縋るように本多のスーツを掴む。その姿が本多の熱を煽っているということに、御堂は気付かない。

「…は…ぁ……」

ようやく唇が解放されたときには、御堂の息はすっかり上がっていた。

怜悧な瞳はとろんと蕩け、身体は力なく本多に預けてしまっている。

少し身体を離して見上げれば、茶褐色の瞳と目が合った。

その真っ直ぐな視線に、御堂はぽつりと告白の言葉を口にした。

「好き…だ…‥」

その言葉が信じられないというように、自分を見つめる瞳が驚きで見開かれる。

同性、しかも嫌っている相手に告白されたのだ。驚くのも無理はない。自虐的な笑みが口元に浮かぶ。

沈黙が耐え切れなくて、本多から離れようとしたとき自分を抱く腕の力が強くなった。

「本多…」

「その言葉、信じていいですか?」

そのまま痛いくらいに抱きしめられる。御堂は目を閉じて、穏やかに肯定した。
 
 



「いいんですか、本当に…」

「あぁ…」

ホテルのベッドの上で念を押す本多に御堂は微笑みで答えた。

本多は壊れ物を触るように用心深く御堂をベッドへ押し倒した。

ネクタイを解き、ボタンを外していくとほんのりと桜色に上気した肌が露になった。

すでに硬くしこっていた乳首を口に含まれ、舌で転がされる。

「ぁ…ぁ……」

吐息にまじって甘やかな声が御堂の唇から上がった。

乳首に舌で愛撫しながらベルトを外し、チャックをおろしていく。

「腰、浮かせて……」

言われるままに腰を浮かせると、一気に下着ごとスラックスを下ろされた。

張り詰めた自身をつかまれ、その刺激で身体がはねる。

本多は先端からにじみ出る透明な液を指に絡ませると、御堂の後孔にゆっくりと指を入れた。

「んんっ……」

苦痛で顔をゆがめる御堂に本多がやさしく言う。

「もっと、力を抜いて…」

それでも力が抜けずにいると、本多が深い口付けをしてきた。

舌と舌が絡み、卑猥な水音が御堂の鼓膜を震わせる。

やがて身体から力が抜け、体内に入る指が二本に増やされた。

「本多、もう…いいから…」

「え、でも…」

戸惑う本多に御堂が促す。

「お前が、ほしい…っ」

「御堂さん……」

瞳を濡らしねだる御堂に、本多の中で何かがはじけた。

乱雑に身に纏っていたものを脱ぎ、大きな剛直を御堂の秘孔にあてがった。

「あぁあっ…!」

苦痛と圧迫感が御堂の身体に駆け巡る。紫苑の瞳からは生理的な涙があふれ出た。

あまりにも痛がる御堂に本多が腰を引こうとするが、御堂は本多の背に腕を絡めて首を振った。



やがて慣れてきたのか感じる痛みが減ってきた。そして、本多のモノがある一点をすったとき。

「ぅあっ…」

それまで苦痛に呻いていた御堂の声音が変わった。

切なげに眉を寄せる顔は上気し、本多を見つめる瞳は涙で潤んで扇情的だ。

本多はその御堂の色香に耽溺するように律動を激しくする。

部屋に響く艶めいた声は、時計の針が12時を差しても止むことはなかった。
 



 
「本多、あのとき何故君はあんなことを言ったんだ?」

情事後のけだるい身体をベッドに預けながら、御堂は本多にそう問いかけた。

「…あぁ、さっきみたいに笑えばってやつですか」

本多はばつが悪そうに視線を泳がせた。

「…大隈専務に、嫉妬してたんです」

「嫉妬?」

「だって御堂さん、俺にばっか冷たく当たるし。笑顔なんて向けてくれなかったから。

嫌われてるんだなって思っていて…。でも、御堂さんから告ってくれて、嬉しかったです」

至近距離ではにかむように笑われて、何だか気恥ずかしくなった。その照れ隠しをするように話題を変える。

「…そういえば、君からの言葉をもらっていないな」

自分だけ告白の言葉を口にしたとあっては、何となく悔しい。御堂はにやりと笑って言葉を続けた。

「私に言わせておいて、君だけ言わないというのは不公平じゃないか?」

挑発的な言葉に、本多はわざとらしくため息をついた。

「あんたなぁ…せっかく恋人同士になったんだし、素直になったらどうなんだ」

「あいにく、この性格は直りそうもない。諦めるんだな」

「~~…」

何か言いたそうに口をもごもごさせたが、ここで言い争っても仕方がないと判断したのか、

本多は御堂の身体を引き寄せて耳元で囁いた。





「愛してるよ」