平日の夜、駅は人々でごった返していた。
外回りを終えた本多は、出先から直帰したため、いつもとは違う路線に乗ることになった。
(やっぱ混んでいるな……)
いつも使っている路線とは違い、この路線は混雑することで有名だった。
体格のでかい本多は、できる限り身を縮こませて電車に乗り込んだ。
(ん……?)
電車に乗ってしばらく経ったとき、本多は向こう側のドア付近に立っている男に気が引かれた。
背格好がどことなく誰かに似ている。ドアの窓に目を遣れば、そこには見慣れたあの御堂の顔が映っていた。
(へぇ……あいつが電車で通勤することなんてあるのか)
てっきり自動車通勤していると思い込んでいた本多は、物珍しそうに窓に映された御堂の顔を眺めていた。
外の暗さで、映り込んだ御堂の顔は意外とはっきり見える。
無表情なその顔は、ミーティングなどですっかり見慣れていた。
(あいつももう少し笑ったりすればいいのによ)
本多は心の中でそんな文句をこぼした。
今までに本多が見た御堂の笑顔なんて、人を小バカにしたような冷たい笑みくらいだ。
(……ん?)
そのまま何となく御堂の顔を眺めていた本多は、御堂の表情の変化に気が付いた。
無表情だったその顔が、時折何かに耐えているようなものになる。
気になって御堂の背中へ視線を転じてみれば、
御堂の背後に妙な動きをする中年くらいの男が立っているのが本多の目に映った。
(まさか……!)
嫌な予感がする。本多は人々の間を縫うように御堂のところへ近付いた。
近付くにつれ、男の取っている行動がはっきりと見えてくる。
男の手が御堂の腰に回され、ファスナーへ差し入れられていた。
男はまだ本多の存在に気付いていないらしく、もぞもぞと手を蠢かせている。
その男の行為に、本多の裡から沸々と怒りが込み上げてきた。
「っ!?」
手を伸ばし、男の腕を掴んで引いた。
何が起こったのか理解できていない男は、ぎょっとして後ろを振り向く。
「テメェ、何やってんだよ」
低く怒りが篭った声で、本多は男に言った。
己の行動の邪魔をした相手ががっちりとした体躯の持ち主だったことを知った男は、顔を蒼白にさせて震えだした。
がたん。
そのとき、電車が駅に到着して反対側の扉が開いた。
本多の手が一瞬緩んだ隙に、男は反射的に電車の外へ飛び出していった。
「ちっ」
追いかけようとも思ったが、痴漢の男よりも御堂の様子の方が気になって、御堂の方を向いた。
御堂はすでに着衣の乱れを整えてはいた。
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……」
本多の問いかけにすぐに答えた御堂ではあったが、
さすがにショックを受けているらしく顔を伏せていた。それでも上気した頬は隠しようもない。
「とりあえず、次の駅で降りましょう」
そんなに騒ぎにはならなかったとはいえ、周囲の人間は何があったのか勘づいている。
好奇の目に晒されるのは、プライドの高い御堂には耐えられない恥辱だろう。
その読みは当たったらしく、御堂は静かに首を立てに振った。
電車を降りた本多はすぐさまタクシー乗り場へと急ごうとした。
だが、御堂がきこちなく歩くのを見て足を止め、御堂のそばへ寄った。
「…寄るな」
そんな本多に御堂は冷たく言い放った。
一瞬ムカッときたが、上気した顔と膨らんでいた局部が目に入って、
すぐにその苛立ちは引っ込んでしまった。自分を見上げる瞳が、僅かに潤んでいる気がする。
その表情は、ぞくりとするような色気を放っていた。
本多の中で、何かが音を立てて千切れた。
咄嗟に御堂の腕を取って歩き出す。
後ろで御堂が何か言っているが、本多はあえて無視をした。
本多が向かった先は、トイレだった。個室へ御堂を連れ込み、個室の壁へ背中を押し付ける。
「貴様、何をっ……!」
本多の急な行動に身の危険を感じたのか、御堂は声を荒げて本多を睨んだ。
「そのままじゃ帰ろうにも帰れねぇだろ?…俺が処理してやるよ」
「何ふざけたことを言って……んんっ!」
御堂の言葉を遮るように、本多は御堂の唇を塞いだ。
「…ぅ……ん……っ」
後頭部を手で押さえて逃げられないようにしながら、分厚い舌で口内を犯していく。
時折洩れ聞こえる鼻に抜ける声が、本多の劣情を煽った。
御堂は本多を押し返そうとするが、体格の違いでそれはほとんど意味をなさない。
むしろその無駄な抵抗は、本多をさらに燃え上がらせるだけだった。
抵抗らしい抵抗ができない御堂の口内を舌で蹂躙しながら、
本多は空いている手でベルトの金具を外しにかかった。
御堂の身体がびくりと震え、腰を引いて本多の手から逃れようとする。
だが、壁と本多の間に挟まれているため、ほとんど身動きが取れない。
ベルトを外し、ズボンと下着をずり下げて熱を持った御堂自身を握ったところで、本多は漸く口づけを解いた。
「くっ…、はな…せ……」
目を潤ませながら睨み付ける御堂の姿に、嗜虐心が刺激される。
快楽と理性の狭間で歪む御堂の顔をもっと見たくて、本多は握った御堂自身をゆっくりと扱き始めた。
「ぁ……ん、……っ!」
押し返そうと突き出していた御堂の手が、本多のスーツを握り締める。
眉間に皺を寄せた御堂の表情は、仕事の時に見せるそれとは違って、何とも言えない色っぽさを帯びていた。
「すげぇ色っぽいですよ、その顔……」
耳元で低く囁けば、紅潮した頬がさらに赤みを増す。
「も、もう…いい加減に……!」
声に怒気は帯びているが、本多を見上げる瞳には官能の色が混ざっている。
「御堂部長、あんまり騒ぐと人が入ってきたらバレちゃいますよ?」
「…っ……」
利用者数が低そうな駅とはいえ、いつ人が入ってくるか分からない。
本多の言葉に、御堂は悔しそうに唇を噛むことしかできなかった。
「ぁ……ふ、ぅ………」
それでも耐えきれずに甘い吐息がこぼれる。
「あんた、結構敏感なんだな。すげぇ濡れてきてる……」
「うるさいっ……」
与えられる快楽に溺れるまいとするように、スーツを掴む御堂の手に力が篭る。
扱く手の動きを早めれば、卑猥な水音が立って御堂の耳も犯していく。
「ぁ…やめっ……!」
御堂の腰が大きく跳ねる。
切なげな表情を浮かべる御堂の姿は、
昼間の冷徹で傲慢な御堂部長と同一の人物だとは思えないほど蠱惑的だ。
「あんた、可愛すぎんだよ……」
熱っぽい声で囁くと、本多は御堂のスーツの中へ手を差し入れた。
胸元に手を這わすと、指が固く芯を持った乳首に触れた。
シャツの上からその突起を引っ掻いてやる。
「やっ、…ぁ……あ……っ」
上擦った声がもっと聞きたくなって、本多は御堂のネクタイを解き、
シャツのボタンを外して胸元をはだけさせた。
赤く色付いた突起に唇を寄せ、舌先で転がしつつ、亀頭を親指で強く擦る。
「本多っ…やめろ、……っ…!」
肉棒のひくつく回数が増え、御堂の限界が近いことを本多は悟った。
乳首を強く吸い上げながら御堂自身を激しく扱き上げる。
御堂の身体が硬直し、そして。
「ぅ、…ぁあ……っ!!」
肉棒がどくん、と脈打ち、白濁した液が放出された。
放たれた精液は本多の手やトイレの床を汚した。
「では、ミーティングを終える」
週明けのミーティング。いつものようにミーティングは始まり、そして終わった。
ただ、いつもと違うのは、本多に対して向ける御堂の視線だった。
態度こそいつもと同様だったとはいえ、ミーティングで目が合う度、物凄い殺気を乗せられていたような気がする。
(そりゃ、悪かったとは思うけどよ……)
もちろんあのあと本多は御堂に謝った。
だが、御堂は一言も口を聞いてはくれなかった。当然といえば当然だが。
「はぁ~……」
本多が柄にもなく大きなため息をついて立ち上がると、克哉と片桐が心配そうに声をかけた。
「どうしたんだ?本多」
「何かあったんですか?」
「いや、何でもねぇ。…ちょっと御堂のとこに行ってくる」
俺と御堂の間にあったことを知ったら、この二人はどう思うだろうか。
本多はそんな風に思いながら、いそいそと会議室を出ていった。
今まで見たことがない本多の元気がない様子に、
克哉は首を傾げながら出ていく本多の後ろ姿を見送った,