克哉が独立し、御堂と共に起業してから数ヶ月が経った。
忙しくも充実した日々は、2人に活力と充足感を与える。
そんな9月のある夜。
御堂はリビングのソファーに座って、明日の業務に使う書類に目を通していた。
そこに、シャワーを浴び終えた克哉が声をかける。
「御堂」
「何だ?」
書類に落としていた視線を克哉に向ける。
「9月29日、お前の誕生日だったよな」
「あぁ。覚えていてくれたのか」
手にしていた書類をテーブルに置いた御堂の顔がほころんだ。
30を過ぎてからは特に無関心だった記念日だが、最愛の人に覚えていてもらえていたのなら嬉しくないわけがない。
「まぁな。土曜日だし、ゆっくり祝ってやろうと思ってな」
克哉はそう言うと、御堂の隣に座った。石鹸の優しい香りがふわりと舞う。
「御堂、俺にしてほしいことはあるか?」
「してほしいこと、か……」
「あぁ。俺に出来ることなら、何でもいいぞ?」
「何でも……」
何でも、と突然言われても、そんなにすぐに思い浮かぶわけがない。
黙って考え込んでいる御堂を、楽しそうに克哉は見ていた。
「あ……」
「思いついたか?」
克哉が促す。だが、御堂は答えない。
返答の代わりのように、御堂の頬が赤く染まった。
「何だ、思いついたのなら言ってみろ」
克哉が意地悪げに口角を上げた。
言おうかどうしようかしばらく逡巡していた御堂だったが、決心したのか、呟くように言った。
「…お前を、抱いてみたい……」
言い終えると御堂は恥ずかしそうに目を伏せた。
「俺を?」
克哉が驚いたような表情を浮かべる。
「だって…私ばかり君に…、抱かれるから…。だから、たまには……」
視線を下に落としたまま、御堂はそう言った。
「…………」
「…………」
しばらく沈黙が続く。その沈黙を、克哉が破った。
「いいだろう」
「えっ…!?」
思わず御堂は顔を上げて克哉の顔を見た。
克哉は、悪戯っぽい笑顔を浮かべている。
「何だ、そんなに意外か?」
「あ、あぁ……」
「何でもしてやる、と言ったのは俺だからな」
それでも腑に落ちていない御堂に、克哉は微笑みながら言葉を続けた。
「29日を楽しみにしていろ」
そして、29日になった。
特別な日ということで、夕食は豪華なものにした。
用意を手伝おうとキッチンへ行こうとした御堂だったが、
「お前は座って待っていろ」
と、克哉に制されて仕方なく席に着いて待っていた。
誕生日だからとはいえ、いつも傲慢なあの克哉に尽くされると、何だか落ち着かない。
「御堂、来い」
用意し終えた克哉が、御堂を呼んだ。
ケータリングとはいっても、皿へ綺麗に盛られた料理は外食のそれと変わらない。
「ん、これは……」
席に着こうとした御堂は、テーブルに置かれたワインに目が留まった。
「あぁ、今日のために用意しておいた」
御堂は手にとってラベルを見た。
「シャトー・ラフィット・ロートシルト……しかも、この年のものを……」
「気に入ったか」
御堂の様子に満足したように、克哉が言う。
「あぁ。ありがとう」
御堂は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
夕食を食べ終え、二人はワインを飲みながら穏やかな時間を過ごしていた。
「さて」
最後の一口を飲み終えた克哉が立ち上がった。
どうしたんだ、と克哉を見上げる御堂に、克哉はにやりと笑った。
「先にシャワーを浴びてくる」
途端に、御堂の頬に朱が走った。
(本気だったのか……)
たまには立場を逆転させたい。
そんな望みを日頃から持っていたことは事実だった。
だが、佐伯の性格から考えれば、それが実現する日は来ないと思っていた。
それが、こうも容易く叶いそうだとは……。
シャワールームから出た克哉は、
「寝室で待っている」
と御堂に告げるとさっさと行ってしまった。
御堂もシャワーを浴び、バスローブに着替えたあと寝室へ入った。
寝室にはすでに克哉がベッドの上に寝転がっていた。
「本当に、いいのか……?」
ベッドに腰掛けた御堂は、念を押すように克哉に聞いた。
「あぁ」
克哉が頷く。
「……わかった」
御堂はそのまま身を沈めて、克哉の唇に口付けをした。
最初は唇を重ねるだけの軽いものだったが、舌と舌が絡まり、徐々に激しいものに変わっていく。
「……ん………」
時折漏れる吐息が、御堂を興奮させた。
キスを続けながら、克哉の胸元を寛げて胸に手を這わせる。
指先が胸の突起に触れると、御堂はそれを優しく摘み、こね回した。
「…………っ」
克哉の顔が僅かに歪む。
その表情をさらに変えたい衝動に駆られた御堂は、
克哉の首筋に舌を這わせつつ、下へ手を伸ばして熱を持ち始めた克哉自身を握った。
ゆっくりと扱くと、克哉の身が小さく跳ねる。だが、克哉は余裕の笑みを浮かべていた。
(そんな顔をしていられるのも今のうちだ……)
御堂は心の中でそう呟くと、体を下へずらした。
密着していた体が離れ、克哉が身を起こして怪訝そうに御堂を見る。
御堂は挑発的な眼差しを向けながら、頭をもたげている克哉のモノを咥え込んだ。
「…ぅ………っ」
克哉が微かに吐息を洩らした。ざらりとした舌が克哉自身を這う。
巧みに性感を刺激するその動きに、克哉のモノが御堂の口内で硬度を増した。
「…ん……ぅ……」
克哉自身を咥える御堂の淫らな姿を、克哉は熱を含んだ目で見つめていた。
だが、見つめているうちに、克哉の内である衝動が湧き上がった。
「御堂……」
「………ぅ…?」
名を呼ばれ、御堂が克哉を上目遣いで見る。
その瞬間、克哉の中で何かが切れた。
腰を引いて肉棒を抜くと、克哉は御堂に覆い被さった。
「さ、佐伯……っ!?」
克哉の取った突然の行動に、虚を突かれた御堂は上擦った声を上げた。
そんな御堂を無視して、克哉は無言のまま御堂のバスローブの紐を解き、
露になった胸元に唇を押し付ける。
「佐伯っ、何で……、ぁ…っ!」
「気が変わった」
にやりと笑って、克哉は御堂の肉茎に長い指を絡めた。
ゆっくりと上下に手を動かすと、御堂の腰が跳ね、甘い吐息が漏れ出る。
「や、やめ…、ふぁ……。約束が…違う、じゃないか……!!」
上擦った声を上げながら、御堂が抗議する。
「お前がエロい顔をするからだ」
克哉は笑みを浮かべながら、先端からぬるぬると
流れる先走りを指に絡めて擦り込んだ。卑猥な水音が部屋へ淫靡に響く。
克哉は御堂の肉棒から手を離し、先走りで濡れた指を御堂の後孔へ入れた。
掻き回すように指を動かすと、御堂の体が震える。
少し解れたところで、克哉はいきり立ったモノを御堂へ挿入した。
「ぅ、ぁあ……っっ」
大きな熱の塊が、御堂の内部を突き進んでいく。
「俺を抱かせる代わりに、お前をたっぷりと悦ばせてやるよ」
頬を赤く染め、目を潤ませる御堂の耳元で、克哉はそう囁いた。
「全く……君という男は」
次の日。
遅く起きた御堂は先に起きていた克哉へ不満げにこぼした。
昨夜は結局克哉に何度も抱かれ、与えられる快感に翻弄させられ続けたのだった。
腰の痛みと全身に残る疲労感が、御堂をさらに不機嫌にさせていた。
「…結局、抱かせてなんかくれなかったじゃないか……」
目を伏せ、口を尖らせる。だが、克哉は少しも悪びれた様子はない。
「いいじゃないか、悦んでいたんだから」
「…………っ!!」
御堂は悔しげに目を逸らした。図星なのだろう、御堂の頬が赤く染まっている。
克哉は意地悪げな笑みを浮かべてそんな御堂の様子を眺めていたが、
その笑みをふと優しげなものに変えて言った。
「そういえば、お前に言い忘れていたことがあったな」
言いながら克哉は、御堂の体を自分の元へ引き寄せる。
そのまま頭の後ろに手を回し、キスをする寸前で言った。
「誕生日、おめでとう」